スナメリ/目/エーオー

遠くで車輪が線路を踏む音がする。それはゴウンゴウンと洗濯機の音と重なっていったから、電車がここに来たみたいだった。午前7時。制服を取りに二階へ上がった。
 じりじりとセミの鳴き声が増えてきた。8月14日。今日は部活のあと、ひとみが泊まりにくる。

 
 
 風がうっとうしく髪をさらっていった。記録用紙に砂がまぶされる。
 4限終了まであと20分ほどだった。やることがない。どうにも突っ立っているのは惨めだ。目的もなく横に並んだ水道をひとつひねってみる。ほとばしる流水をぼうっと眺めていた。
「まな」
 ひとみだった。学校指定の体操着がしろくゆらめく。
「なにやってんの」
「や、べつに」
「ひとり?」
「うん。なんかみんなジュース買いに行っちゃった」
 自分の番の試合はすべて終わり、ダブルスのペアの女子は他の子と連れ立って自販機へ行ってしまった。笑顔で手を振ったはいいが、つまりは微妙な残り時間をひとりでもてあまし、逃げるように人気のない校舎裏に来た。
「そっか。かわいそうになあ」
 ひとみは大げさに頭をなでてきた。見つけてもらえた安堵と、ひとりなのを見られてしまった恥ずかしさが入り混じる。暇すぎて蛇口ひねるとか、かなり危ないレベルだ。どうにか自分から意識をそらせたくてしゃべる。
「ひとみは、試合終わったばっか?」
「きいて、ひどくない? 最後とか余った男子ペアとあたって死ぬかと思った」
「おつかれ」
突き抜けるような青い空だ。グラウンドから聞こえてくる喧騒をずっしりした入道雲は意にも介さなかった。
 ふと隣りを見る。目が合った。
特に気にしないふりをしてそらす。
 頬に視線がささる。隣で笑ってる気配がする。
「なんだよー」
 突然、横からひとみが抱きついてきた。いきなりすぎて歯が肩に当たった。
「よーしよしよしよーし」
 むちゃくちゃに、ふたりでやじろべえみたいに揺れる。不満そうな声をあげてもひとみはやめない。あーあ、と思う。結局、ばれている。
 はいはい、となだめる人のふりをした。右耳のあたりに鼻息がかかる。Tシャツのざらざらした熱さがおとがいにあった。

「ひとみ?」
 隣の気配にまぶたをひきはがす。さんざんしゃべりつくしたあと、いつの間にか眠ってしまったらしい。
「ごめん、起こしたか」
 ひとみは布団の上に座って携帯をいじっていた。
「ライン?」
「うん、ちょっと」
 時刻を確認する。午前4時34分。タイマーを設定したエアコンは止まってしまっていた。
「冷房つける?」
「んーー」
 曖昧に答えないまま、ひとみは目を閉じた。痛みをやり過ごそうとする人のようだった。
 ひらいた襟ぐりから肉のない胸元がひかる。月明かりに照らされて、白い砂を入れた熱帯魚の水槽の底みたいだった。息をするたびに鎖骨がひたひた滑って、2匹のスナメリは隠れている。夏用の薄いブランケットが、朝焼けみたいな青さで背にかかっていた。

「ひとみってすぐくっついてくるよね」
1度言ってみたことがあった。ひとみはいたずらっぽく笑った。
「さびしそうな感じがでてる人にはね」
そのとき、息がつまった。

そっか、じゃあきみはべつにさびしくないのか。

ぱっと手をのばしたかった。どこでもいいから触りたくてたまらなくなって、でもけっきょく動けなかった。
指先がびりびりする。かなしさとかくるしさとか、どこにも発されなかった衝動が体内でスパークした。
ずるい。ずるいなあ。私のためなんてどうでもよかったのに。君が君のために抱きしめてくれたらよかったのに、君は、べつに私でなくてよかったのか。
「いいや、暑くないし。喉痛くなりそう」
 私はみていた。からだを覆う毛布の柔さや、ほおにかかった髪の毛の線とか、まぶたの薄さも質感も静かに強くみつめた。
しばらくして、ひとみは身体をくずした。あっけなくてとどまらない。ぐっと目を閉じて焼き付けようとした。どうしても、線路を走る音が聞こえる気がして、まるで映写機みたいだった。ひとみの携帯が2度震えてこと切れる。遠く遠く、列車はなにかを連れていってしまった。

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「スナメリ/目/エーオー」への3件のフィードバック

  1. さみしそうににしていると寄ってくる彼女欲しいです。…どうでもいいですね。
    さて、文章についてですが、全体的にものや体の様子が細かく描かれているので、質感が感じられてよかったです。
    気になる点ですが、最初の登校前の様子とセミが…の部分の間はもう1行開けたほうが良かったのではと思います。また、タイトルのスナメリを生かすのであればほかの部分でも関連した表現を使ったほうが良いのではないでしょうか。

  2. 主人公は女の子だと思いました。
    夏!って感じのさわやかな情景描写が素晴らしいと思いました。女の子同士でべたべたする危うい感じとか、朝方のやわらかい色の表現が合っていました。
    中学生のときに読んで大好きになった、梨屋アリエさんの小説の世界観に似ていると思いました。中学生にもわかりやすい表現を用いながら、現実と幻想が混じりあう表現が好きでした。

  3. 表現が緻密で情景が思い浮かんだし、物語自体も面白かったです。
    お互いがお互いを求めあっていたと思っていたのに実はそうじゃなかったとわかってしまった時のもどかしさ、切なさが愛おしくてたまらなくなりました。

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