勝負/嫌い/やきさば

コンコンッ、ガチャ。
「すいませんそろそろ本番始まるんでスタジオ入りお願いしまーす」
帽子のつばを後ろにかぶった青年はそう言うと、扉を閉めて出ていった。

納豆が嫌いだ。
臭くて、ねばねばしていて、味がしなくて、僕が唯一食べるのにストレスを感じる食品だ。
この食べることが大好きな僕が、だ。

小さいころからもともと、食わず嫌いはしないタイプの人間だった。
両親ともに食べることに幸せを見出す人だったし、母の料理の腕は最高だった。
でも、どうしても食べられないものがあった。
それが納豆だった。
父が毎朝食べているのを目にして、僕も食べてみたのがきっかけだった。
父はいつもほかほかの白ご飯にのせておいしそうに口にかけこんでいたので、僕も真似してやってみたらさあ大変。なんだこれ、体が受け付けない。僕は一気に口の中にいれた大量の茶色い粒を吐き戻した。

更に僕の納豆嫌いを加速させる出来事があった。
小学4年生のときだっただろうか。給食で納豆巻きが出てきたのだ。
そのときの僕の担任はあいにく、お残しは許しまへんでおばさんで、配られた給食を残さず食べることに何よりも厳しい人だった。
どうしよう、納豆を食べなきゃならない。
アレルギーでもない限り、友だちに食べてもらうことも許さない人だったので僕に残された手段は一つしかなかった。
しかし、そうはわかっていても、なかなか手が伸びない。
お膳の右端にちょこんとおいてある納豆巻きと長い間にらめっこしていたら、いつのまにか周りは食器を戻し、掃除用具を取り出し始めた。給食の後は掃除の時間なのだ。
うわ、はやくしないと悪目立ちしてしまう…!
意を決して納豆巻きに手を伸ばした。そして口に入れる。うげ、まずい。やっぱり体が受け付けない。初めて食べたあの時のように吐いてしまいそうになる。それを無理やり口に押し込んだ。口内が悲鳴をあげてじんわりと涙がでてくる。顎を動かして噛み進めても、喉がそれを通るのを許さなかった。体を上下に揺らして、胃まで流れるよう促す。そうしてなんとかして飲み込んだ。
涙を流しながら頬を膨らまして、死に物狂いで納豆巻きを食べる僕の姿はとても滑稽だったに違いない。
担任はとても褒めてくれたけど、今度からちゃんと献立表を見てから学校に行くことにしよう。メニューに納豆の文字が入っていたらなにがなんでも休んでやろう。
進級して、卒業してからも届いた担任からの年賀状には一度も返さなかった。

「山田直樹さんです、よろしくお願いしまーす」
スタジオ入りすると先ほどの青年が声を上げた。山田直樹というのは僕の名前だ。
一礼して目の前にいる大御所芸人、とんねるずの二人と握手を交わした。
ふと横を見ると、見覚えのある華々しい和室のセットがある。おお、本物だ…。思わず声が漏れた。

そう、僕は今日、食わず嫌い王決定戦という番組に出演する。

あれから10年後、街中でスカウトされたのをきっかけに僕は芸能界入りを果たしたのだ。
はじめの2・3年は苦労したが、もともとの顔の良さと持ち前の優しさで人気俳優として世間に名をはせることができた。そこで舞い込んできたのが食わず嫌い王決定戦の出演依頼だった。

僕はすぐさまOKの返事を出した。そして、メニューに納豆を加えた。
「音楽が流れて牧野アナウンサーが話したら行くから、俺についてきて」
スタジオ裏に入り、僕の前でスタンバっていた木梨憲武さんが言った。

あの時から、納豆嫌いなのをどれほど恨んだことだろう。
今日で、僕は有村架純に勝って、納豆嫌いを克服するんだ。

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「勝負/嫌い/やきさば」への4件のフィードバック

  1. 子供って時々意地になって何かをやることがありますが、その様子がよく伝わってきて良かったです。
    最後の場面でなぜ相手が有村架純なのでしょうか?容姿の素晴らしい人に対する恨めしい感情なのでしょうか?それは自分の容姿で有名俳優になった主人公の場合にもあてはまるのでしょうか?気になります。

  2. 私も納豆が得意ではないので、あの食べた瞬間に感じる気持ちの悪い嫌悪感をリアルに思い出してしまい、おおう、となりました。嫌いなものとか気持ちの悪いものを上手く描写した文章って、ガツンとそれこそ臓器に来るので気持ち悪いですよね(褒めてます)。
    納豆の描写が丁寧でそこが上手く伝わっただけに話の流れやなんやこらは特に気にせず読むことができましたが、食わず嫌い王に出演する件はもっとスムーズに、そして納得のいく唐突さを持っていけたらインパクトが出ると思います(どうやればいいかはわからないですが)。
    あと一つ疑問に思ったのは、よくそこで嫌な思い出を持っていながら克服する決意をしたなというところ。元の性格の良さなのかもしれませんが、その辺の描写を入れてくれると分かりやすいというか、感情移入しやすいかもしれません。なんかこう、終わったときの爽快感が増すのではと。

  3. オチが食わず嫌い王決定戦に繋がるのは意表を突かれて面白かった。ただ、より巧みにするならば幼少期の話にも主人公が芸能界入りするような人間であるという伏線が含まれていると良いと思う。最後の回収の仕方がちょっと無理やり気味かなとも思ったので、設定の押し付けにならないように注意していってほしい。

  4. 冒頭からどんな風に繋がるのだろうと思っていたら延々納豆で、でも最後そう展開するかと、意外性があっておもしろかった。
    どうしても受け付けないものを頑張って飲み込む描写がとても上手だと思った。たしかに生理的に泣けるよなと、私は納豆は大丈夫なので、勝手に嫌いなトマトで再生した。
    最後唐突に有村架純が出てきて、なんだかその名前の強さに、全部持って行かれてしまっているような感じもする。

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