坂の街/嫌い/なべしま

ずっと、ずっと。この下り坂はこのまま延々と続きます。この街の坂道は全部下り坂。
おかしいでしょう。そう思います。だから多分昔は上り坂もあったはず。それでも何の差し障りもありませんから、みんな平然と生活しているのでしょう。下り坂である分には、楽なもんですし。一度役所に質問しに行ったことがあります。こんな感じでした。
ええまあ、それについては今調査中でして。いま、まあ大声では言えないんですが、ちょっと問題がありましてね、ええ。こちらとしても……いや!そんな放置するつもりはありませんからね、ええ。善処しますから。上に提出しておきます。云々。
よく覚えていませんが、要領を得ないことを言われました。煙に巻かれたのかもしれません。その後掲示とか、回覧板とか、そんなのもなし。だからといって早急に解決するような問題でもないから、かまわないのですが。
前にお友達に聞いたことがありました。
「ねえ、このあたりって」
「ええ?なに?忙しいんだけど」
豪快な唸り声を上げる毛玉取りの機械を、タイツやセーターにかけていきます。安物だよ、とのことですが、なかなかの性能でしょう。年に一度の文化祭。その準備のために、わざわざ衣装まで用意して、彼女は張り切っていたのでした。高が、かき氷屋なのに。
「坂道、多くない。それも下り坂」
「上りが多いよりいいじゃない」
「そうだけれど、でも、不審でしょうに」
「そんなこと言ってあなた、あれ。買い物行きたくないからごねてるんでしょう」
毛玉取りに溜まった糸くずは、手毬にできそうなほどの大きさになっていました。惜しげもなくぼそっとゴミ箱に突っ込む潔さ。
「そんな人をナマケモノみたいに。すぐ行ってくるから。一時間で帰ってくるから」
そんなことを言われて、うやむやにされたのでした。本当にめんどくさかったからかもしれませんが。帰ってくるころには、山ほどの布を抱えて、そんな些細な質問は頭から飛んでしまっていたのでした。
そう、ここでも確かにおかしい。あの買い物は、自転車で向かいました。坂道をすべるように下って、爽快な気分でした。帰り道、どこに使うのか見当もつかないような大量の布を自転車の荷台に縛り付け、崩れないように注意しながら坂を下りました。なぜ、一度も上らなかったのでしょう。




「ねえ、私行くわ」
「どこへ」
「だってここ、変だから。そう、試しにこの坂をずっとずっと下ってみる。どう、いい考えでしょう」
「どうして」
「気にならないの?」
彼女は不服そうな顔をしていました。わからないのでしょう。いつか何かで読みました。精神的に向上心のないものは馬鹿だって。
「私は、別に」
それなら、彼女は馬鹿なのかもしれません。
「この世界って、本物だと思う?本当の世界ってあると思う?」
「本物じゃないの?私はいないってこと?」
私は彼女を否定したいわけではありません。そうじゃないの。
こんな場所を受け入れてしまえるなんて、彼女は馬鹿かもしれません。それでも、それは、彼女を嫌う理由になるでしょうか。
「ごめんなさい」
「それでもいいわ。だって私、貴方が好きよ」
唇よりも、彼女の髪の毛が先に、私に触れたような気がします。顔の、薄い皮膚が震えたようでした。



下り坂は、どんどん暗くなっていきます。日暮れでした。
色々なものが転がってきます。
ビニールを絡ませた蜜柑。ビー玉。箸。
坂道ですから。一度転がったら止まらないのでしょう。それらはよく転がるものでもありますし、やむなしです。
不安と、旅の高揚感がありました。残してきた彼女のことは、少し心配です。良い友人でした。
普通の世界を見つけられたら、迎えに来ようと思います。

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