心臓を隠してる/嫌い/エーオー

「これ、使う?」
後ろから凛とした声が聞こえた。鼻元を手で隠しながら振り向くと、ポケットティッシュが差し出された。
「あ、ごめん。ありがとう」
受け取るとちょっと彼女はわらった。慌てて前を向いて鼻をかむ。高校2年になって3日目、これが後ろの席の小野寺まなと初めて交わした言葉だった。

彼女は見ているとよく笑ってよく喋った。涼やかな声だから、マシンガントークも軽快な音楽みたいに心地よく耳を叩く。ころころと変わる表情は、一体どういう仕組みなんだろうか。
「昨日のあれ観た?」
「観た! 上先麻衣子まじ可愛くない?」
「え、あたし歌い方ちょっと無理なんだけど」
今は近くの席の久保田とテレビ談義を展開している。
「奥寺は?」
久保田が話をふってくれた。
「まあ、小野寺が好きならいいんじゃない?」
彼女はちょっとこっちを見て、なんだか一瞬静かになった。

小野寺は嘘みたいに静かになる時がある。
たまにするラインは喋り口調とおんなじ感じだし、男子とはあまり喋らないけど、友達に囲まれている印象が小野寺にはある。けどふとした時、移動教室とか体育の時間とか、ぽつんと1人で居るのを見つける。
俺はそれを見るとすこしどきっとしてしまう。なんか見てはいけないものを見てしまったみたいな。本当の小野寺はどっちなんだろうとか、そういうことを考えてしまう。

だから、教室に入ったことを少し後悔した。
テストの日の放課後、彼女は教室の自分の席にぽつりと座っていた。
肩までの髪の毛が横顔を隠している。脚を前に放り出してぴくりともせずに音楽を聴いていて、なんだか世界から置き去りにされてるみたいだった。
「小野寺」
大げさに肩をびくつかせて小野寺は振り返る。薄氷が張ったみたいな、怯えた顔だった。
「なんだ、奥寺か」
次の瞬間には少し笑っていつもの小野寺っぽくなった。
白い指先がイヤホンを巻きとった。フラワー・オブ・グラス。ミュージックプレイヤーの画面を俺はそっと盗み見た。
「なんの曲?」
「別に」
小野寺は肩をすくめた。

家に帰ってその曲を聴いてみた。男の人の曲だ。前に言っていた上先なんちゃらとは全く違うなんだか淋しい曲だった。恋の歌のはずなのに、どうしてもひとりの歌だった。小野寺の横顔がダブる。どきっ、がきっと別のものに変わっていく。

「次だれー?」
「俺」
フラワー・オブ・グラスの文字が画面に表示される。久保田から差し出されたマイクを手に取った。小野寺はお手洗いで不在だ。
男女2-2でカラオケに行くことになったのは久保田の発案だった。もう1人の男子は俺の友達だ。まあつまりは久保田がそいつに対してそういうことで、暗黙の戦線協定が敷かれていた。
最初のフレーズを歌い終わる。その時扉が開いて小野寺と目が合った。
「お前こんなの好きだったっけ」
「うん。割と前から」
口の中が乾いていた。絶対に小野寺の方を見ないようにしてドリンクを含む。緊張する。絶対に次は声がかすれそうだ。

「ごめん。用事できちゃったから帰る」

突然、小野寺は荷物をまとめはじめた。みんな驚いてあわを食った。内臓に沿って冷たい氷が滑り落ちていく。1度もこちらを見ずに、小野寺は行ってしまった。

星とヤモリのネックレスを買った。迷っていた鶯のフレアスカートとブラウスも。その足で古本屋に行って100円の文庫を5冊買って漫画を2冊買った。御札が飛んでいく。知らない。大好きなものたちで私は武装する。
ベッドに潜り込んだ。携帯を開く。待ち受け画面の上先麻衣子が笑う。顔はすき。歌は嫌い。こんな脆弱な恋の歌はいらない。
フラワー・オブ・グラス。ずるい。ずるいよ。それは私のための歌なのに、私が絶対に出ない低い声で歌わないで。もうだめだ。失ってしまった。大好きな歌が奪われてしまった。
携帯を放り投げたくなった。最近奥寺のラインの頻度が上がった。失敗した。好きなものなんて知られたくなかった。やだ。くるな。私の心臓をあなたなんかにあげない。
私は武装する。拒絶は刃だ。あなたの気持ちなんていらない。いらないよ。
そうしてもっと怖いのはきっと私も同じことをしてしまうかもしれないからだ。何もできず、好きなものに囲まれてひとり震える。そうして、たったひとつの大切ななまえをとなえた。

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「心臓を隠してる/嫌い/エーオー」への2件のフィードバック

  1. 描写とかがリアルなのか世界観がはっきりしており、すごく入り込みながら読むことができました。最後の段落も短文を重ねることで切迫した小野寺の気持ちがよく伝わってきました。ただ目線が奥寺から小野寺へと変わるところに特に何もなくて一瞬これは誰目線かというのがわからなくなってしまったので、段落の間をもっと空けるとかすればわかりやすかったかもしれないです。

  2. 内容とかではなく文章の雰囲気そのものに惹かれました。恋愛をテーマにしているように見えるけれども、本質は自分との葛藤というように見えました。その葛藤の仕方が不器用で愛しかったです。それを表現する文章も繊細で好きでした。

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