嫌う、嫌われる/嫌い/ボブ

私は平気で人を嫌う。ああいう性格の人が嫌い、こういう価値観の人が嫌いと言ったように。そして嫌いな人の基準は最近になってやっとつかめるようになった。私は嫌いになった人は基本的に排除してしまう。例えば、嫌いな人の話は軽く聞き流していたり、曖昧な返答をしていたり。またその人が目に入らないことだってある。なぜこんな客観的であるのかというと、私は無意識的に嫌いな人を排除しているからだ。そして後になって思い返してみると、大抵相手に対して罪悪感を感じている。しかし、人には好き嫌いがあるから仕方ないとどこか納得する自分がいるのだ。だからこれからも私は平気で人を嫌うのだろう。

 

だが、嫌われることとなると話は違う。私は人に嫌われたくない。しかも、たちが悪いことに私が好きな人であっても嫌いな人であっても、つまり誰からも嫌われたくないと思ってしまう。そして、嫌われて排除されることはもっと怖い。小学校中学校高校と、排除され、孤独になる人を見てきたからだろうか。私は今まで、幸か不幸か特に人に嫌われたという経験がない。嫌われたくないという気持ちが先走って、知らぬ間に嫌われない術を身につけてしまったのかもしれない。周りの人が人間関係でトラブルを起こして、自分も少しは関係があったとしても私は傍観者という座を決して譲らない。傍観者という立場は誰とも軋轢が生じない、安全な立ち位置だからだ。窮屈に感じることはあることはあったが、排除されるよりはマシという考えに最終的に落ち着いてきた。

 

人のことは平気で嫌うことができるのに自分が嫌われるのは怖い、なんてどっからどう見ても虫が良すぎる。結局私は自分が傷つきたくないだけの弱虫ポンコツ野郎なのだ。そんなことは重々承知している。それでも今日も他人に合わせて嫌われないよう、慎重に生きている私がいる。きっと私はこのまま人に嫌われることを恐れながら生きていくのだと思う。なぜなら、自分のそんな弱さが好きな私がいるからだ。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「嫌う、嫌われる/嫌い/ボブ」への2件のフィードバック

  1. こういう自己中野郎、自分は割と好きですけどね(笑)。
    一方で人に嫌われる勇気っていうのも、時には大切な時があったりするのも又難しいところではありますが‥。
    あと、細かいところですが、嫌いな人に対して罪悪感を感じるというのが個人的にはすんなり解釈できず、気に入りました。
    文章については良くも悪くもバランスがよすぎるかなと思います。読みやすいけども起伏にかけるというか。
    ここまで平坦にして、ここで山を作るみたいな感じにすると、その山の部分が際立つのではないでしょうか。

  2. 人に嫌われたくないはどんな人も思いますよね。自分の神様のような人ができれば、嫌われる、裏切られるに耐性ができますよ。保証します。肝心なのは、神様と一緒に暮らすことです。常に側にいてください。恋でもいいですけど、崇拝は逃れられなくなりますけど、それはそれは安定した精神状態を保てます。
    この文章は膝付き合わせて、ドリンクバーで話してみたい内容でした。なのでワークショップがなければ、ちょっと物足りないかもしれません。ヤマ、オチが薄い気がしました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。