決意表明/嫌い/峠野颯太

昔から私は私が嫌いだ。
容姿も性格も、何もかもが嫌い。
自分を愛さなければ、周りから愛してもらうことも、誰かを愛することもできないと、再三再四聞いてきた。
それでも私は、私をこれっぽっちも愛することができない。



先日の成人式や同窓会で、久々に色々な人と話をした。
そして皆が揃いに揃って私に言った。

「何も変わってないね」

自覚はあったけれど、いざ他人から言われると情けなくて仕方がない。月日が経ったのに、私は過去の私から何も踏み出せていないのだ。
10代のあの頃の言動を、気持ちを、何もかもを今でも引きずっているだけの未成年なのだ。




そんな中で、皆と話しているうちに気づいたことがある。
私は誰かから嫌われないように、皆に愛されるために、道化を演じていたのだということに。

友人の一人に言われた。

「そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」

私は、頑張っていたつもりなんてこれっぽっちもなかった。皆に笑ってもらうのが、皆が楽しそうなのが嬉しいことこの上なかった。
だけど、過去の私と向き合って、今の私を見つめ直して、気持ちの整理をつけた瞬間、私に残ったのは、疲労感だけだった。
どうやら本当に私は頑張って今の私を形成していたらしい。ただ、その疲労感にすっかり慣れてしまっていただけらしい。

皆はあの頃よりも遥かにキラキラしていた。
それに比べて私は、昔よりも霞んでいた。
皆は自分をしっかりと磨けていたから。
私は臭い物に蓋をするように、虚構のベールを自分に重ね続けていたから。
そんなことすれば、元々の私の輝きが失われることなどとうに気づいていたのに。

大人に成るために私は、まず私を愛さなければならない。
その為には、嘘をつくことを止める必要がある。
簡単にはいかないかもしれない。
それでも私は、本来の私を愛してやりたい。
そんなことすれば、きっと皆に「らしくない」と言われると思う。

大人しいね、元気ないね、どうしたの。
いつもの峠野じゃないね。

違う。
それが本当の私なんだ。

この文章ですら、また冗談を、なんて思われてるかもしれない。

冗談なんかじゃない。
今皆が見ている私が、冗談なんだ。

張り付いたこの偽物の私を、完全に除去するためには長い時間がかかるだろう。
それでもいい。そうして私が私を少しでも愛せるようになった時、きっと皆は言うんだ。



「変わったね」



その日のために、私は道化師のベールを一枚ずつ丁寧に外していく。


さあ葬り去ってやる、大嫌いな私よ。

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「決意表明/嫌い/峠野颯太」への2件のフィードバック

  1. 隣の芝生は青い とは言いますが、周りの人というのはキラキラして見えるものですよね。僕も昨年成人式に出た時に思いました。
    同時に思ったのは、キラキラしてる人達も頑張ってキラキラしてるということ。それを本当の自分の輝きとするか、虚構のベールの上塗りと捉えるかは人それぞれだけど。

  2. 自分を変える、ってのを意図的に行おうとするのってかなり大変じゃないですか?
    気を遣って生きるのって、大変なことしてるように見えて実際それを取っ払おうとすると逆に良心の呵責みたいなものがあって苦しくなるんですよね。
    ただ、峠野さんの普段の文章を読んでいると、もし好きな人ができたら一気に変わりそうな気がします。

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