頭が固くなる/嫌い/さくら

自分が嫌いなもの、挙げてみればきりがないと思う。そりゃ、好きなものと同じくらい嫌いなものがあるのは当然だろう。
とはいえ、多くの「自分が嫌いなもの」について、それを好む人が存在すること、そして彼らに好まれる理由は説明がつく。そのような例で言えば、例えば殺伐とした世界観のマンガや小説。僕は好きではないが、そのような世界観に多くの需要があり、また多くの人に愛されていることはよくわかっている。

ただ、それだけでなく、自分の中で普遍的に許せないものが存在する。そうした中で、今回僕は「老害」にスポットライトを当ててみたいと思う。自分が嫌うものに対しての考察なので、ひどく偏った意見であることは認めるし、そうしたチラシの裏的意見であることはあらかじめ予防線を張っておきたい。

いわゆる「老害」に対して、僕と同じように不満を抱いている人が若者のほとんどだと思う。この場合の「老害」は、文脈によってその年齢層は上下するが。多くが60代から70代、つまり「団塊の世代」を意味する。彼らが30代ごろ、ちょうど家庭を築き始めるころにバブル景気が到来し、好景気によって比較的他の世代よりも「ヌルゲー」な人生を送ってきたのだと思われる。
現代は不景気であると言われてきた。今の社会人1年生にあたる代が生まれたころにはすでにバブルは崩壊し、彼らは不景気に生まれ不景気に育ってきた。つまり、根本的に生きた環境が違うから、大きな価値観の相違はもともと不可避なんだと思う。

でも、僕が老害を非難したい理由はそのような嫉妬じみたものではなく、「マナーの著しい欠如」というところにある。並べない、待てない、敬語を使えない。道で平気な顔してタバコを吸って捨てていくし、自分の意見が通らなければすぐ怒鳴り散らす。老害のステレオタイプだ。
何かサービス業で働いてみれば、彼らの客としての害悪性を痛感させられることになる。迷惑な客は、更年期以降に多い。彼らと面と向かって話をすることになると、彼らは自身が独善的・自己中心的であることへの自覚はあまりなく、また一時的な感情の昂ぶりに起因するものでもなく、本能的・単細胞的な思考で、自分の意見がさも当たり前なものであるかのように振舞っていることが分かる。

このことの何がたち悪いかって、それは「論理的議論での解決」が不可能なことにある。これは、自分にとって彼らは「日本語が通じない」存在であることを意味する。いくら論や証拠を並べて相手の落ち度やその欺瞞性を指摘したところで、単細胞には一切通用しないのだ。

しかしながら、最近「老害」的思考を持つ人間は、なにも物理的に老いた人間だけに限らなくなってきていると僕は思う。
最近のネット社会では、これまでよりもはるかに流行の波は速く、また多種多様に分化してきた。これまでの、世間的な流行という一本道にみんなが乗っかっていく社会ではなくなってしまった。これにより、様々な価値観が入り乱れて相対し、「時代遅れ」や「分かってない」、「理解不能」などのレッテルを張られる人々が昔より多くなることを意味する。そうなると、彼らは「新しい、最先端」などと自称・標榜する人々と相容れず対立していくことになる。
昔よりも、あるものが「旧時代的」と分類されるまでに要する時間が格段に短くなってしまったのだ。ある流行が来月には過去の物になっている、そのようなことも日常茶飯事だ。
また、匿名掲示板では、その匿名性から、好き勝手に独善的な発言をする人間も少なくない。掲示板の向こう側にいるのは実は20代かもしれない。でも、その思考回路は、完全に僕の嫌う「老害」そのものである。

昔とは比べ物にならない速さで駆け抜ける「流行」の波は、「老害」的思考回路の若年化を引き起こしているかもしれない。

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「頭が固くなる/嫌い/さくら」への2件のフィードバック

  1. 老害を「」でくくるなら、何かしら特別な意味付けがされるのかなとか思って読んでいたけど、特に何もなかったので残念。もっと新しいユニークなことかと期待してしまった。

    老害って言われるのもかわいそうだよね。年配者はどんどん時代から置いていかれて。そうしたら何を基準に行動するかって、それは自分の価値観しかないよね。

  2. 老害の若年齢化、という言葉は面白いです。
    しかし、若い世代の低下したモラルと、老害は根本の原因や種類が違うのではないでしょうか?
    掴みがもう少し普遍的で馴染み深いものであったら、もっと惹きつけられる文になるかと思います。

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