殺意という名の/百合/峠野颯太

先ほどまで白かったはずの室内が、いつの間にか窓から差し込む光によって、茜色に染まっていた。
「終わりましたよ。まったく、相変わらず人遣いが荒いことで」
「何言ってんの。私が新人だった頃はね、この倍は仕事してたわよ」
デスクの上でバラバラだった書類を一つにまとめながら恩田は言った。

「恩田さん、いつになったらその席をあたしに譲ってくれるんですか」
「さてね。少なくともまだあと30年は居座ってやるわよ」
「じゃあそれをあと30秒に縮められたりできませんかね、こうやって」
そう言って恩田の額の前に突き出されたのは、一つの拳銃。

「あらやだ、上司を殺すつもり?不敬罪で首切られるわよ」
恩田は臆することなく余裕の笑みを浮かべながら、葉山の目をまっすぐとらえる。
「そんな馬鹿なこと、あたしがするとでもお思いですか?」
恩田に向けられた葉山の眼差しは、真剣そのものだった。
「まさか。あんたはこの私の右腕よ。そんな愚かなことされちゃ私の面目丸つぶれだわ」
「へえ、右腕なんて嬉しいこと言ってくれますね、遺言には相応し」
「でもね」
葉山の言葉を最後まで聞くことなく、恩田は突き出された拳銃ごと葉山の手を握り、そのまま自分に向けて発砲した。

だが、拳銃から出てきたのは、一筋の水だった。
「その溢れ出る殺気をどうにかすることね。この席に座りたいならなおさら」
そう言いながらデスクから立ち上がった恩田は、そのまま局長室の扉へと向かう。右手には葉山が持っていたはずの、本物の拳銃が握られていた。葉山はただ茫然と、その後姿を見つめることしかできなかった。
「あぁこれで、31敗目…」




葉山の母親は、昔起きた大規模な立てこもり事件の被害者だった。犯人逮捕を優先した警察は、強行突破を試み、2人の人質の命を犠牲に逮捕に至った。その際の生贄の一人が葉山の母親、その突破の先頭をきったのが恩田である。60時間に及ぶ犯人との逮捕劇の中にもかかわらず、犠牲がたった二人に抑えられたとして、恩田をはじめとする特攻隊は警察内で大変称賛されたらしい。どうして母親の命を奪っておきながら褒められているのか、当時高校生だった葉山には理解などできなかった。
そして、葉山は恩田への復讐を誓った。いつか、あたしがあいつの首を落としてやる。そのために、葉山は必死になって警察への道を走り始めたのである。


「葉山、また局長を殺そうとしたんだって?飽きないねえ」
とぼとぼと自分のデスクに戻る葉山に、同僚の島崎が話しかけてくる。
「関係ないでしょ、ほっといて」
ふてくされて机に突っ伏す葉山。もう今は誰とも話す気になれなかった。

「でもさ、お前がまた自分に刃を向けてきたって、局長いつも嬉しそうに話すんだぜ?ほんとお前のこと大好きだよな」
大好き、その言葉を聞いた瞬間どうしようもない嫌悪感が葉山の体を駆け巡った。
「ふざけたこと言うな!」
思い切り島崎の足元を蹴って、立ち上がり、そのまま屋上への非常階段のところまで走る。

非常階段の陰に、座り込む。と同時に、溢れ出てくる涙。
葉山を恩田の右腕的存在に仕立て上げたのは間違いなく恩田だった。葉山は、その事実が悔しかった。でも、数年関わっているうちに、恩田を赦している瞬間もあったのだ。そのため葉山は、あの時誓った復讐心を忘れないようにと、何度も恩田の殺害を目論んだ。殺意を向けている時だけ、あの時の気持ちを思い出すことができたから。
しかし、葉山は気づいてしまった。恩田がこの殺意を止めてくれると信じているからこその行為なのだと。あの、島崎の「大好き」という言葉に反応してしまったことによって、すべてに気づいてしまった。

「どうして、恩田局長なの…」

声をかみ殺しながら、葉山は泣き続けた。葉山は、憎しみが愛情に変わる瞬間を、ひしひしと実感していた。

***

「恩田さん」
「また来たの?あと30年は、いや40年はこの重い尻をどかすつもりはないわよって」
今日で32敗目を記録することになるのだろうな、と考えながら葉山はまた殺意を思い切り恩田に向けた。

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「殺意という名の/百合/峠野颯太」への6件のフィードバック

  1. 対立する師弟関係だと、少年漫画のような男同士の物語が似つかわしい。実際、この話の登場人物の性を入れ換えて一番しっくりくるのは男同士になるのではないだろうか。北斗の拳で、聖帝サウザーが師のオウガイを修行の末に殺し涙を流すシーンを思い出す。いや殺す覚悟で挑みながらはたから見れば男同士のいちゃつきにしか見えないのだとしたら、グラップラー刃牙の範馬親子か。ともかく、これは百合ではなくホモです。

  2. 百合、というよりも薔薇な感じがどうしてもした。男っぽい女性というふうでもなく、男感が出てしまうのはなんでだろう。
    水鉄砲、というのも愛情、じゃれ合いのようで、シリアスさは感じず、男同士だったらなかなか想像が引き立てられるものだと思った。師弟関係でも、強い女性同士でも、女女っぽくはなると思う。色っぽさんとか、赤さが出ていけば。なんて言えばよいかわからないのだけど。

  3. ホモだというコメントには納得できましたが、そこについては私も数日前から思っていたことがあるのです。すなわち、私は百合の皮を被ったホモに憧れているところもあるのだと。例えば部活とかだと、友達と男言葉で話すんですね。そのかっこよさのある関係に憧れているなと。結局私はホモソーシャルに憧れている節もあると。でもあえてそれも百合としてまとめてもいいのではないかと。

  4. 憎しみとは愛の裏返し、というよりは、憎悪は恋の始まり的な話でしょうか。
    他の皆さんが指摘している百合というより、薔薇っぽい、というのは、百合という言葉からイメージするふわふわしたフェミニンな感じとは異なる硬い印象を受ける設定だからかもしれません。刑事で、復讐劇で、ピストルで。みたいな。
    他にはない女同士の関係の描かれ方で、新鮮でした

  5. 峠野さんがどういう百合の文章を書くのかと気になって見てみました!なるほど、という感じです。みなさんホモっぽいと言っておられますが、ホモとしても見ることができるし百合としても見ることができるだけかなと思います。でも、女で想像する場合と男で想像する場合は全く受ける印象が違うのは私だけでしょうか。女だからこその強がりに見ることができるから、女として想像する方がキュンキュンポイントが多くて好きです(自分が百合好きだからなのかもしれないが)
    ハードボイルド系百合、グッドです。

  6. こういう非現実的な物語の方が個人的に好きです。百合というテーマでごくごく一般的にありそうな話を綴るよりも、このくらい非現実的な方が読んでいて面白いです。
    テーマが百合っていうのも途中まで忘れてしまうくらい読み物として面白かったです!

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