自覚的な恋(あるいはどうにもならない入れ違い)/百合/五目いなり

カップを持つエミの指先は、白くて細い。薄桃色に塗られた爪は綺麗に丸く整えられていて、おまけにきらきら光る小さな石まで付いている。私は喫茶店の店員に珈琲のお代りを頼んでから、視線を上げた。

「それで、エミは結局どうしたいの。嫌なら別れたらいいじゃない」
「そ、それはまあ、そうなんだけど……」
「待ってるだけじゃ、相手は気付いてくれないよ。ちゃんと言った方が、私は良いと思うけど」

交差するように組んだ指を解き、運ばれてきた幾杯目のコーヒーカップに手を伸ばす。砂糖もミルクも入れない代わりに、とびきり熱い珈琲を、少し冷まして飲むのが好きだった。私が珈琲を冷ます間に、エミは運ばれてきた自分のカップに角砂糖をぽちゃんと三つと、ミルクをたっぷり入れていた。

「はあ……どうしたらいいのかな、私。もう分からないや」
「そんなこと言われても、エミのこと分かるのなんてエミだけでしょ」
「もう、ユキちゃん冷たいんだから」

頬を膨らませたエミが、小さな両手でカップを握って、こくりこくりと甘い珈琲で喉を鳴らす。私は苦い珈琲を啜りながら、エミの手首に視線を落とした。
白くて細いエミの手首に巻かれているのは、可愛らしい腕時計。白い文字盤にうっすらと掛った桃色の線が、きらきらと光っている。彼氏に貰ったんだ、と喜んで見せてくれた時のエミの笑顔は可愛らしくて、私は確かに、恋に落ちた。

俺、ユキのこと、本当に好きだから。ユキのこと、幸せにしたいんだ。

別れた彼氏に言われた言葉を思い出して、私はコーヒーカップから手を放す。あの時には理解できなかった彼の気持ちも、今なら分かるような気がした。

「私なら、エミにそんな、泣きそうな顔させないのに」

打算と逃避の一言に、エミが小さく顔を上げる。本気にしたかな、と思って微笑めば、エミは困った様に眉を寄せた。

「やめてよもう、好きになったらどうするの」
「いいじゃない。私はいつでも歓迎してるから」

お互いに、冗談だと分かっている。エミは少しおかしそうに顔を歪めて、ユキちゃんのそういうところ、私好きだよ、と笑った。私も、エミのそんなところが好き、と返事をする。

ごめんね。私、どうしても貴方のこと、本当に好きではいられないみたい。

別れた彼氏に最後に言った一言が、どれだけ彼を傷つけたか。彼はただ、私のことが好きだっただけなのに。
別れを切り出した後に見た彼の顔はやっぱり寂しそうではあったけど、何処か納得したようで、彼は一言、そっか、と言った。何度もごめんねと繰り返せば、彼は謝らなくていいよと、笑っていた。
あの時に気付いてしまったことを、あの時素直に言っていれば、彼は今も隣にいただろうか。考えてから、やっぱり無理だろうな、と答えが出る。いつかどちらかが疲れて苦しくなってしまうのなら、やっぱり、一緒にいない方がいい。
私とあの人は、どこまでも同じだっただけなのだ。だから、別れた。お互いに無い物を求めあうのは、努力でどうにかなるものでもないと、あの時私は確かに気付いていたから。

好みに冷めた珈琲を、一口啜る。酸味の無い、爽やかな苦みは口の中に広がって、喉を伝った。

「やっぱり私、エミには幸せになって欲しい」
「ユキちゃんだって、幸せになってよ」

違うよ、エミ。私はエミの言葉に曖昧に微笑んで、カップの中身を空にした。私は彼女を、どうしようもないほど幸せにしたいのだ。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「自覚的な恋(あるいはどうにもならない入れ違い)/百合/五目いなり」への3件のフィードバック

  1. 主張の割には説得力があっていいなと思いました。他人の幸せが自分の幸せの条件というのも美しいなと感じました。ただやっぱりエゴイストな感触があるのはユキがエミの気持ちをあまり考えていないからでしょうか。他人の幸せをこうだと決めそうな雰囲気があります。
    個人的には男の人との関係が終わったのが、筆者の男女間の愛への考え方の違いなのかなと考えました。

  2. あ、くるしい。なんかだめだ、私はこの話の内容も論理も理解しているかどうかわからないけどとにかく苦しい。感情が未分化すぎて批評にもちこめない。同じというのは相手「を」幸せに「したい」という思いのことだろうか。クソみたいに単純な解釈をすると男性的というか。いいな、私は多分そこまで振り切れないんだろうな。幸せにしたいとか自然と思えたことがないな。というかそれ以前に私に幸せにできる力はないんだよなあと思ってしまう。

  3. 私が彼女を幸せにしたい〜あたりのくだりがどツボでした。でも結局将来のことを考えたときにブレーキがかかるっていう自分の心との葛藤が込められてると思います。
    あと、個人的に最後の一文はなくても伝わるかなと。ないほうが余韻として感情を捉えられる気がしました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。