スターゲイザー/百合/ノルニル

「夢でもし逢えたら、素敵なことね」

雨音が鄙びたバス停を包み込む。待ち続けて二時間になるが、バスはまだ来ない。梅雨の空気がじめじめと、となりに座る美奈子の肌を湿らせる。

これまで二人とも、一切口から言葉と呼べるものを発していなかった。織江は美奈子と二人きりになりたいと夢にまで思ったが、どうやら願いというのは叶ってしまうと急に熱量を失うらしい。
それを証明するかのように、互いの息遣いが聞こえるほど近くにいるというのに、織江の意識は美奈子との出会いまで遡っていた。


美奈子は不思議なひとだった。誰にでも優しく、それでいて媚びず。そんな美奈子は皆の注目の的だった。
雪のように白い肌に、潤んだくちびる。くっきりした鼻にぱっちりと大きく見開かれた目。当然男子にも人気があるようだったが、美奈子に関しては浮いた話を聞いたことがなかった。
彼女に関するもっとも深い謎は、誰も彼女が笑ったところを見たことがない、ということだった。

いっぽうその頃の織江といえば、ただ消え去りたいという思いを募らせていた。この肌に染み付いたそばかすも、子供のころからのくせっ毛も、引っ込み思案な性格も、全部嫌いだった。
友達という名のただ持て余した時間を慰めるだけの存在はいたけれど、心が通じ合うなんてことはなかった。この世界のどこにも、私の居場所なんてなかった。
そうして自分だけの居場所がほしくて、ひとりになりたくて、訪れたのが放課後の屋上だった。

そんな時だった。手のひらを空にかざし、まぶしそうに目を細める美奈子の姿があった。

「あら。あなたも星を見に来たの?」

クラスで何度か聞いたのと同じ。よく通る、耳障りのいい声だった。
違うの、ごめん帰るね。そう口にして踵を返そうとした瞬間、呼び止められた。

「あなた。行くところがないなら、わたしと一緒に星を見ない?」

彼女が何を言っているのかわからなかった。彼女は私にとって羨望、あるいは嫉妬の対象でしかなかったのに。

「星は見えないけれど、でもそこにあるの。あなたはわたしと同じ景色を見てくれるんじゃないかなって思って」

濁りのない、澄んで穏やかな瞳だった。頷くまでに時間はいらなかった。


ちらりと横目でとなりの美奈子を見る。じっとりと熱を帯び汗ばんだ肌、夕立で透けた夏服によって際立つかたちのいい胸。美奈子はただじっと一点を見つめていたが、織江の視線に気づきこちらを見た、ような気がした。慌てて目をそらす。

「ねえ」

ああ、その透き通るような声が私をとらえて離さないんだ。思考に沈殿しながら、ゆっくりと俯く。
呼びかけられているのはわかったが、美奈子の目を見れなかった。やめて。あなたのそのまなざしが私を傷つける。

「わたし、面白いことを思いついたんだけど」

突如美奈子が立ち上がり、雨の中へと躍り出た。両腕を伸ばし、くるくると回り始める。つられてスカートがふわりと舞う。
織江はいつの間にか、呆気にとられたようにその姿を見つめていた。見とれていた。
美奈子はくすくすと笑い声をあげながらひとしきりあたりを跳ね回ると、ゆっくりと動きを止めた。勢いを失ったスカートが濡れた肌にまとわりつく。

「ほらあなたも。踊ろうよ」

美奈子が華奢な手を差し出す。おずおずと掴むと、想像していたより強い力で引っ張られた。
織江、ただその人だけに向けられた目は、微笑んでいた。
死んでもいい。織江はそう思って、言葉に出そうとして、やめた。口に出すと気持ちが安っぽくなるように感じた。二人の間に、ことばはいらないと思った。

どちらからともなく草の上に倒れ込んだ。みずみずしい緑の匂いが鼻腔をくすぐった。
バスはとっくに過ぎてしまっただろう。だけど、私の隣には美奈子がいる。他のことはどうでもいい。

「ああ、あなたのとなりでは星がよく見える。このままずっとこうしていられたら、どんなにすてきだろう。もし叶うのなら、夢で逢いましょう」

ただふたり指を絡め、天を仰ぐ。どんよりと空をおおう一面の雲は、傾いた日差しによって亜麻色に染まっていく。
目をこすって、広い空を眺める。星はちっとも目に見えないけれど、確かにそこにあった。そう信じたかった。

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「スターゲイザー/百合/ノルニル」への3件のフィードバック

  1. 想定内なのかそうじゃないのかわかりませんが、色彩描写がとても鮮やかでした。夕立、緑色の草原に亜麻色の空。彼女たちはセーラー服でも着ているのでしょうか。
    美奈子が美しく華麗に描かれているだけに、織江の気持ちのもっとどろどろした部分がみたかったです。

  2. 百合と女学生って相性いいですよね。織江さんにはもっと未来に希望をもってほしいです。でも女学生に未来なんて、いらないですよね。この世界がいつ閉じるのか、はやく見たいです。
    地の文と話し言葉のギャップのせいなのか、わからないんですが、時代がいつなのか気になります。

  3. 一番最後の言葉が私としては一番切ないというか心が揺さぶられる感じがしました。言葉遣いがとても上手いと思います。

    全体的にとてもきれいな印象を与える文であると感じ、こっちまで雰囲気に呑まれるように感じます。ただ、あまりにも綺麗すぎて人間味が薄くなってしまったようにも感じました。

    きれいな雰囲気を出すときにはこのような話し言葉はとてもマッチしてると思うのですが、感情的になると、どうなのでしょうか。

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