メリーハッピーウェディング/百合/リョウコ

肌理の細かい柔らかなユキの頬に、そっとパフを押し当てる。
「本当に、プロに頼まなくってよかったの?」
 赤ちゃんみたいな産毛が生えたまろい頬を撫でるように、そうっと薔薇色のチークをのせる。本当はそんなもの必要が無いくらい、ユキの頬は幸福で熱い。けれど、私はどうにかそれを、一刻も早く、一時でも長く嘘の色で塗り潰してしまいたかった。
 「姉さんがよかったの」
 ふふ、とユキははにかんで長い睫毛を伏せた。照れ屋な彼女の、今までは私しか知らなかった癖だ。
「こっち向いて」
小さな顔をそっと両手で包んで囁く。真っ白な総レースの裾を、踏まないようにそっとたくし上げて、ユキは身体ごと此方を向いた。
彼女の形のいい胸や柔らかい二の腕を優しく抱くように包む白いドレスは、正面から見ると露出が少なくて清楚な印象だけれど、その背中だけが大胆に開いている。まるで彼女が今日、背を向けるべき誰かを挑発するかのようだ。
「目を閉じて」
素直に目を閉じたユキの薄い瞼を、アイシャドウで汚した指で撫ぜる。緊張で冷たくなった私の指に驚いたのか、ユキがピクリと小さく反応した。
 「動いたら駄目だよ」
 片手をユキの頬に沿わせて、空いた手で瞼に色を重ねていく。今日の彼女のために通ったメイクアップ講座はちゃんと意味があったみたいだ。柔らかいブラウンのアイライナー、色素の薄いユキの睫毛を長く美しく見せるマスカラ。全部全部、彼女のために揃えた新品だ。
 ユキとは、母親のお腹の中から一緒だった。一つの卵子の中に二人で閉じこもっていた私たちは、お腹から出てきてからもやっぱり二人の世界に閉じこもっていた。
 強がりで負けず嫌いのユキは、姉なのに泣き虫で怖がりの私をいつも背中でかばってくれていた。何処へ行くにも、何をするにも私たちは一緒だった。
大きくなったら違う男の人のところにお嫁に行って、違うお家で暮らすのよ。母は残酷な真実を困り顔で私たちに告げた。ショックで何も言えない私を庇う様にユキは立ち上がって母に叫んだ。
「私、多くなったら姉さんと結婚する!」
生まれて初めてのプロポーズだった。
男の子にも大人にも果敢に挑んでいくユキは、女の子で、しかも私の妹だけれど、小さな私の王子様だった。
双子の妹と、結ばれる筈も無いことは私も分かっていた。それでもユキがあの人を連れてくるまでは、きっと何処かで信じていたのだ。
正しく結ばれることなどなくとも、ユキ変わらず隣に居てくれるものだと。
「姉さん、会ってほしい人がいるの」
私の知らない男の人をユキが連れてくるまでは、ずっと。
柔らかな唇に、何百本の中からユキのためだけに選んだピンクを優しくのせる。
「できたよ」
ぱちぱちと瞬きをして、どう?と聞いた事のない女の甘い声で世界一可愛い私のユキは小首を傾げた。
ぷっくりと膨らんだ桜桃色の小さな唇の形を、色をなじませるフリをして丁寧になぞる。
私が染めた彼女の愛らしい唇は、あと一時間もしないうちに私のものではなくなる。
衝動的に、自分のかさついた唇を、ユキのそれに押し当てた。何の抵抗もしない柔らかい肉の感触が、涙が出るくらい欲しかった。これを今日から彼女が死ぬまでずっと、所有するはずの男を心の底から恨んだ。
「幸せになってね、ユキ」
 ぎゅっと丸めた足の指に力が籠った。嘘を吐くときの私の癖を、この子は覚えているだろうか。

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「メリーハッピーウェディング/百合/リョウコ」への6件のフィードバック

  1. この話、男女だったらとてもクサい上に気持ち悪いものだったろうなあ、と思いながら読んだ。他の投稿も読んで、百合でしかできない表現の難しさを感じていたので、百合の読み物としてこれはよくできている。下品にならないエロチック描写も、百合の清潔感を邪魔していない程度におさまっている。
    誰しも経験したことがありそうな、親しい人が異性愛に陥っていると知ったときの「あいつ童貞じゃなかったのかよ」みたいな衝撃が、同性愛と比較されより際立っているように感じた。

  2. あぁこれが百合ですか、先週自信があるとおっしゃってた通り、よく書けているなあ、と素直に参考にしたくなる文章でした。自分のと読み比べていたら自分のが情けないくらい女の香りがしなくて、死にたくなりました(死なない)。女の独特な綺麗さと艶やかさとが浮き彫りになっていて、女も悪くない気がしてきますね。でもやっぱり女は好きじゃない。

  3. たしかに百合っぽい。女が女を好きな場合、というかマイノリティーなジェンダーを持つ場合、大抵が報われない思いをしてしまうし、姉妹や兄弟がいないからわからないけれど、肉親を取られる感情というものは恋愛と似ているのかもしれないし、リアリティーがなくもなかった。

    表現とかもとてもそれっぽいのだけど、それゆえによくある百合物語で終わってしまう感も否めない。今回の文章的にはテーマと合ってるけれど、もっと深いものも書けそう、というか。

  4. これは姉妹間百合……!それこそレースのような繊細な文章で下品ではないけど耽美でいつまでも眺めていたい芸術作品のようですね。なんかもうこういう作品の裏側とかはあえてかかれなくてもいいのではと思ってしまう。深さとか論理とかもうどうでもいい。ただ綺麗だった。

  5. 私の好きなタイプの百合でした!男に取られる系の話は女側がどうしても、弱い立場に置かれてしまうので、そこでの葛藤が一番の見どころだと思います。自分の力じゃどうにもならないけど好きで好きでたまらない、そういう感情がグイグイ伝わってきて胸が詰まりました。本当に好きな文章です。

  6. 全体を通してムーディーに進む中、「卵子」という表現が現れてびっくりした。ムーディーの中にグロテスクという書き方はよくあるけれど、分の中盤、特に意味を持たない中で使われたこの言葉は少し違和感を感じてしまった。
    綺麗すぎて現実味が無いなーっとも感じました。

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