毒の星を刻んで/百合/エーオー

鉛に淀んだ雨降りの午後四時だったから、その寺の入り口の大きな立て看板はひときわ白い。
「あ、お通夜だ」
 隣で由依がつぶやいた。傘の内側で声がこもって内緒話みたいだった。
「なんだろ。寿命かな」
「でも名前が奏人だよ。若い人っぽくない?」
「ほんとだ。じゃあ事故かな、バイクとか」
 もう既に始まっているのか外にあまり人通りはなかった。寺社の手前の会館のなかに暖かい光が見える。
「わっ」
 突然しぶきの音があがる。由依が水たまりを踏んだのだ。
「うわっ、ばかじゃん」
「もー! めっちゃぬれたんだけど」
 由依はやけくそになったのか靴下を脱ぐと言い張った。しかたなく傘をもってやる。片足ずつ脱いでいたと思ったら案の定バランスを崩した。蝋みたいに青ざめた裸足が、すごい勢いで私のローファーの上にのしかかる。私は足場か。鈍色の空とお通夜のお寺。不謹慎に笑い声が傘の下できらきら転がる。
「おっけ。いこう」
 たぶんふたりとも笑ったことをちょっと反省して、真面目に歩き出した。でも、おかしい。由依は素足にローファーを履いてるから、ぷきゅぷきゅ鳴って、おかしい。ここを通り過ぎたら爆笑してやろうか。どうでもいいことにふたりで笑いまくって、それで、

「ねえ、私が死んだらどうする?」

 って、さらっと聞けたらいいのに。

「由依ー」
 肩までの髪の毛が短冊みたいな揺れ方をした。由依は男子と話していた。
「なに?」
「いや、靴下ありがとう」
 足場がない。堂々とできない。別クラスのアウェイ感が身体に染みる。横から声がした。
「なんで靴下?」
 うるさいな。仕方なく顔をむける。人懐っこそうな目がこっちを見ていた。髪は黒、ワイシャツの裾はスラックスからでている。チャラすぎず地味すぎない。けっこういい、かもしれない。
「雨の日に借りたから」
「おかげで私はずぶぬれで帰ったけどね」
「女子って靴下の貸し借りするんだ。仲いいな」
「中学一緒なんだ。伊織、これは佐々木くんだよ」
「これって言うなよ!」
 不意に佐々木くんはくしゃっと笑った。あ、だめだ。これはだめだ、ひっぱられる。
「よろしく」

ねえ、私が死んだらどうする。

なんてね。
重い。メンヘラとして満点がもらえる。でも、こういう物騒で刺激的なワードがいい。覚えててもらえるから。まるですごく好きみたいだから。好きみたいだからってのは、やっぱりそれが恋ではないから。
「それで佐々木がね」
由依がはずんだ声でしゃべる。いつもより少し声が大きい。
「佐々木くん、雰囲気いいよね」
思ったとおり、由依がこっちをむいた。
「大丈夫だよ、とらないから。ただの感想」
「いやっ、別にそんなんじゃないからね!」
由依が肩を叩いてくる。私は笑ってみた。
たぶん、私は佐々木くんが気になっている。好きになっている。これは恋で恋は厄介だ。強い力に巻き込まれて自由が効かない。誰かのことを笑えなくなる。
そんな風に、由依を好きになれたらよかったのだ。
恋だったらよかった。恋っていう慣性に従っていけたら、ずっとずっと強固になれた。
私は君が大好きで大切で大切にしたいのに、足場はいつも不安定で恋なんてものの前じゃ曖昧すぎて頼りない。
だから私は目印をたてておく。ねえ、私が死んだらどうする。極限みたいな強い言葉で固めておかなきゃすり抜けてしまう。君が死んだら私は死ぬかも、とか私は自分より君の恋を優先するよとか。恋ではないから、名前がないから、せめて星座を結ぶみたいして残しておきたい。

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「毒の星を刻んで/百合/エーオー」への4件のフィードバック

  1. 僕も自分がホモなんじゃないかと思った時期がある。主人公がどうかはよく知らないが、初恋を経験してその感覚は無くなったので、気持ちとしてはよくわかる。思春期特有の本当の何かに固執する感覚がよく出ていて良いとは思う。だが、ありきたりといえばありきたりな気もして、自分の文章スタイルが決まってしまうと、何も考えなくても書けてしまうから、印象に残り辛い文章になるのではないかと感じる。もっと、本気を見たい。戦って欲しいなと思う。

  2. タブーだと思っていることを案外ひょいと飛び越えていたみたいな、葬式はその並列でしょうか。靴下を脱ぐ女の子が可愛いと思いました。相手にとっての自分の価値を確かめる行為は一種の告白だなあと考え付きましたが、聞くことでそれが壊れる可能性があるのは面倒ですね。
    複雑な状況をスマートに読ませられる文章は凄いと思います。ただテーマがテーマだけに、展開と結論がスタジオ全体で似通ってしまうのは食傷気味になりますね。

  3. エーオーさんの話は毎回ラストで伏線を回収するように感情を煽られるような気がします。最後の一文も気を使われていて、とても耳当たり(?)のいい文章だと思いました。
    君と割と頻繁に会話をするようになってから、エーオーちゃんは本当に思っていることや考えていること、生き苦しい社会のあれそれを描くように物語を作っているんだなと思っています。それを知ってから読む文章の印象も変わったし、私から見て理解できる幅が広がったように思います。ただ、その理解が作者を知ったことによる影響なら、文章を読む上では良くなかったのかもしれないとも思ったりする。私はもう君のことを知らない読者には戻れないし、そうすると「この文章の意味がわからない」という指摘もできない。
    もっとエーオーちゃんを知りたいけれど、私は君を知ることでなにか、お互いに致命的な不都合が起こるんじゃないかと少々恐れていもします。そんな心配をしなくていいくらい、お互い精進せねばなりませんな。

  4. 序盤のぷきゅぷきゅに可愛らしさを感じていたら突然の「私が死んだらどうする」、こういう緩急のつけ方がエーオーさんの文章を読んでいるとよく出てきて好きです。途中までで終わっていた文章も見ていたので、こういう風につながっていったか、という感想も持つことができました。
    私は性別の壁に関して案外ひょいと乗り越えられてしまうので、主人公の感覚にうまく共感はできなかったのですが、主人公は行動の割に思考が達観してしまっているような、なんとなくちぐはぐな感じがしました。蛇足かもしれないけど、そこがなんとなくエーオーさんに感じる印象と近かったです(笑)

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