1500字の何か/百合/山百合

浪人中の夏に中学の同級生だった女友達に告白して振られたという話は、大学では中学からの人間関係が(全くではないものの)断絶しているのもあって、絶対に話したくないものでも無く、自分から話すようなものでも無いそんな位置づけで、知っている人は知っているし知らない人は知らないというくらい。幸か不幸か、それ以後も友人関係は続いていられるので、今でも年に1,2度は会うことがある。両者実家住まいだし、下手に手出しはしてこないだろうと変な安心感もあるのかもしれない。互いに秘密を共有しているとも言えなくはない。

で、夏頃にそいつと飲む機会があった。そこで聞いたのだが、どうも今、彼女には彼女がいるらしい。と書くとわかりにくいが、女同士で付き合っているということだ。数年前に男性に対し嫌悪感を抱いて、女性にしか興味を抱かなくなったという。自分に気を使ったのか直接言いはしなかったが、自分の影響もあるだろう。それで彼女か、と納得したようなしていないような。

話を聞いた夏の時点では、1年以上付き合っていて一線を越えてはいない。それが保障にならないわけではないので何とも言えないが、とことんわけがわからない。わからないものに対してはどう扱ったらいいのだろう。男同士だと対抗心も湧くのかもしれないが、百合の世界は未知の領域で思考が届かない。罪悪感を抱くのも、それはそれで思い上がりな気もするので、全く関係ないところで幸せに生きることを考えるしかないのだろうか。

恋愛というか、人間関係全般に言えることだけども、その人とどのくらい物語を共有しているかが親愛に繋がるんじゃないかと考えている。自分と相手の属性を掘り下げても答えは出ないし、属性だけなら他の可能性も考えてしまうので(これにはよく陥る)。今は無きTBSラジオの「こども電話相談室」で、告白方法を子供に尋ねられた永六輔が「同じ感動を同じ時点で受け止めるのが一番効果があります」と言ったのはそこそこ有名な話。

この考えを用いれば、第3者との恋愛を打ち明けるのは、秘密を共有して関係を深めながら、恋愛関係には至らないと宣言するに等しい。

百合のことを考えながら話がそれてしまった感があるが、自分が百合に対して衝撃を受けたことは事実だ。女性同士の関係は一生かかっても理解できないだろうと確信が持ててしまうほど謎に満ちている。百合関係の報告は、永遠に理解できない一線を両者の間に設けることになる。妄想が過ぎるかもしれないが、なにかしらを伝えようとして、という何の根拠もない前提があるのは承知の上で、妄想だとしても他人の意図を読み取ろうとした時点で妄想以外の何物でもないのだから、開き直らせてもらう。

ともかく、性愛関係に結びつかないがゆえに安定した関係は、ホモソーシャルとも共通する。彼女とは年が明けてから『ガールズ&パンツァー劇場版』を見に行ったりした。Twitterで募集をかけていたところを自分が名乗り出た形なので、別に自分がわざわざ誘いに乗る義理は無かったのだが、そこに躊躇が無かったのはホモ関係の合意ができてしまったからだろう。大学内の微妙な距離にいる男より、関係性が変わる余地のない分こちらとしても安心できる。

 

ここまで書いている様子を見ればまだ未練があるだろうと言われることは想像が難しくないが、絶対にそれはないと返せる。そういう気が残っていたとしても、それを自覚したとしても否定し続けることは変わらない。というか他に好意の対象にしている女性はいるし。詳しくは内緒のお話だけれども、未来に可能性を感じていなければ生きていこうとは思えないので、希望のある方に考えていきたい。

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「1500字の何か/百合/山百合」への5件のフィードバック

  1. ずっと書き手が女だと思いながら読んでいたので途中では?となってしまいました、すいません。私も百合というか、女性同士の付き合いは分かりません。というか女は嫌いです。だからと言って男が好きなわけじゃないんですけど、女の私が嫌いというか女という概念が嫌いというか。こんなところに書くべき話ではないですが、一応女の私ですら女同士の関係のことは否定はしないが分からんのです、男にとっても多分ずっと謎です。でもこの文章読んでたらいっそ女と付き合うのもありだなって思えてきました。なにが言いたいのかわかりませんね、ごめんなさい。

  2. 本当にその通りだと思います。男と女の友情というかホモソーシャルって、けっきょく恋愛に発展する道があらゆる要因によって全て絶たれたところに初めて存在し得るというか。男と女は友達になって恋人になりそして友達に戻るてきな格言がありましたがつまりはそういうことなのだと。ところがどっこい引きずる男も多いわけで別れてからもうまく友達になれない、みたいな(偏見)。
    おそらく私は男の人とホモソーシャルな関係になることに憧れているのだと思います。自分が対象にならないというような。この前までやってたドラマ・ど根性ガエルの京子ちゃんの「そういんじゃなくて、私も仲間に入れてよ」という台詞が本当に本当に好きでした。すいません一方的で。

  3. 同性同士、つまりお互いがおそらく恋愛関係にはならないだろうと思っている関係は、関係性が変わらないし、だからこそ裏切られることもなく、楽な関係だと思う。女男でも、そのどちらかが同性を好きな場合は、同じ感じで、恋愛感情が薄れていくと思う。男女で異性が好き同士の友情は大抵がどっちかまたはどっちもが思いを寄せてる。か、こいつはない、とどっちもが馬鹿にしてる友情も芽生えないなあなあな関係性か。

    なんで私がこう言い切るかというと、友情の好きと恋愛の好きが私の中ではっきりしていないからだと思う。好きだ、興味がある、仲良くなりたいと思わなければ友情なんて生まれないし、そこで恋愛になるかならないかは欲情するかどうかだけど、そんなの何かのきっかけで簡単に乗り越えられちゃう気がするから。というか性なんてのっけから決められてるもので、そこを否定して「友達としか見れない」と振るのって、単純に人間的に魅力を感じないと同意であって、そんなの都合のいいステータスかなんかの友達なんじゃない?と思ってしまう。

  4. 私も書き手が女性他と思って途中まで読んでいました。
    高校時代振られた女の子が、今女の子と付き合ってる、ということですよね。
    百合や薔薇は親愛の延長線上という解釈をされているようですが、実際どうなんでしょう。私は憧れと執着と羨望の延長線上である気がします。男性が男性にそういう感情を抱くかどうかはわかりませんが。
    彼女が女性と付き合っている、という秘密を分け合うことで性愛的な恋人関係にはならないけれど、密にはなれた、そこをホモ関係と表現していたのはくすっときました。

  5. 山百合くんのそのへんのコイバナは時々聞いていたけど、初耳のこともあったりして新鮮に楽しく読めました。
    読んでいて思ったのは「ビビリか!」と突っ込みを入れたくなるほどの保守的思考。いろいろと理由付けが回りくどくて面倒臭いなと思ってしまいました。

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