危うくて儚い/百合/ふとん

 

 

「あと連絡ある人いますかー。じゃ起立―、さようなら。」

 

さよーならー。

きわめて形式的なあいさつを自分でも言ったかどうか分からないくらいの程よい大きさでみんなの声に混ぜて、机とその上に乗せた椅子を一緒に後ろに引っ張った。

荷物掛けからジャージの入ったリズリサの袋を取って階段に近いほうの入り口から廊下に出ると、壁に寄っ掛かってラノベを読んでいた未菜美が私に気付いた。

 

「おっ、帰ろ」

「疲れたー、うち来るしょ?」

「行くー」

 

上履きをスニーカーに履き替えて外に出ると十月の少しだけ冷たさを含んだ風が吹いて、セーラーでもなくてブレザーでもない絶妙なダサさを持つうちの中学の制服のスカートをわずかに揺らした。

 

私は襟のないジャケットの中に重ね着した薄いピンクのカーディガンの袖を握って、未菜美は青いチェックのマフラーを首に巻いた。ボーイッシュにカットされた未菜美の細い髪がその中に埋もれた。

 

「今月号のケラに載ってたアルゴンキンのチョーカー、まじで可愛かったさ、ほしーなあ」

「まじか、誕生日に頼んじゃえば?てかさー、全身パンクとロリータで街歩くの、いつ叶うかなあ」

「お金足りなすぎんだよ、はやく高校入ってバイトしたい」

 

学校から10分もかからないうちまでの道のりではその日に起きた数々の事件を話すのに足りるはずがないこと、だからって家の前で立ち話するときりがないことに、肌寒くなってきてやっと気づいてからは、放課後にうちで夜まで喋るのが日課になっていた。

 

「ただいまー」

未菜美と玄関のドアを開けると見慣れない大きい黒い革靴があった。

お母さんが居間から顔だけ出して言った。

「おかえりー、今税理士さんが来てるから上で遊んでなさい」

「お邪魔します」

 

未菜美は普段口が悪いけど、目上の人にはいつも礼儀正しかった。

私は未菜美の前でお母さんにいつも通りのいい子の返事をするのがなんとなく嫌で、へいへい、と適当な返事をして階段を上った。

寝室にしていた二階の和室の畳に重い鞄を放り出して、ふたりで向かい合ってぺたりと座った。

 

「さっき言ってた雑誌持ってきたよ、見よ」

「見る見る」

 

教科書とプリントが詰まった紺のナイロンには黒猫が、茶色の合皮にはピンクのうさぎがぶら下がって、二匹お揃いの黒い眼帯で隠されていないほうの目で私たちを見つめていた。

半分だけ開いていた障子窓が西日の赤さをやわらかく通した。

この季節には壁際の飾り棚と化している据付けのストーブの上に置かれた丸っこい目覚まし時計の短針は4に差し掛かろうとしていた。

 

畳に広げた雑誌を見ながら、ふと、未菜美の足元に目が行った。紺色の分厚い生地で折りたたまれた、可愛いと評判の学校のそれに比べると多すぎて野暮ったいプリーツのすそと、黒い糸で編まれたソックスのあいだから、薄く淡い肌色が覗いている。

ラメの入った紫色の糸で小さく刺された女神が彼女のふくらはぎに張り付いたまま、さりげなくきらめいていた。

このままブラウスの襟もとに結われた深緑のサテン地の蝶の足を引っ張ってほどいてしまったらどうなるのか、考えてしまいそうになって、はっとして目を逸らした。

 

「ほら、これ超かわいーよね」

「ん…、ほんとだ、可愛い」

 

今、私は何考えてたんだ。

つかみどころのない戸惑いと罪悪感を、心の底に押し込めた。

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「危うくて儚い/百合/ふとん」への3件のフィードバック

  1. 序盤は中学生あるあるみたいなのが詰め込まれているのだと思いますが、あれですね、当時何も考えずに生活していたので意味の分からぬカタカナ語のオンパレードでした。ケラとは。
    これは恋愛感情というよりは性的な衝動なんですかね。まあ紙一重ですが。もう少し二人のやりとりが欲しいかなとは思ってしまいました。

  2. 情景や服装の描写がすごく丁寧なのだけど、形容詞が重なり過ぎてくどいようにも感じてしまった。
    学校帰りの様子も、立ち話の時間が足りないことも、親の前での態度も、意識するまでもないあるあるを、的確に言葉にすると、やっぱりおもしろい。
    女の子の間のなんとも言えない関係というよりは、性的な意味で百合を描いているが、たしかに、襲いたい!というほど強く露骨でなくとも、なんかエロいな〜とか、なんとなく触ってみたいという衝動も分からなくないなと思った。感情面での意味は少し薄い感じがした。

  3. うちの中学もセーラーでもなくてブレザーでもない絶妙なダサさを持つ制服でした。女の子たちがブーブー言ってました。あるあるなんですね。

    描写が細かいし、言葉の語感にエロさを感じました。

    ケラに載ってたアルゴンキンのチョーカーってなんですかー??

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