バベルの涙

もし、何も知らない生まれたばかりの子供に言葉を「0」と「1」しか教えなかったとして。その時その子供が作ったコンピュータは涙を流すのだろうか。

 

この疑問はふと思いついたものだ。我ながら面白い命題だとは思っているが、しかし突っ込みどころが多すぎて整理しきれていない。つまり命題に対する答えは現時点で思いついていない。とてもぼんやりとした予想では、恐らく可能。しかし一つずつ疑問点を上げていきたい。

 

まず一つ目。人間が「0」と「1」の概念だけで世界を認識することは可能か。

コンピュータは「0」と「1」の二進法を用い動いている。つまり入力された内容を「0」と「1」に翻訳して動いている。この仕組みは我々が世界を認識するときに言語を用いることと非常に似通っており、それを考えるとできそうな気もする。

反論として、ハードによる問題があげられる。言語を使い世界を認識することは、何も人間に限ったことではない。そもそも言語というものは文字により表せるものだけという訳でもない。パブロフの犬の条件反射から、その他の動物も人間ほど体系的ではないとしても言語を用い世界を認識していると考えられる。つまり、何も教えていない子供が肉体的な要因により「0」と「1」以外の言語を覚えるということが起こるかもしれないということだ。これはコンピュータには起こり得ない。しかし、その概念を「0」と「1」で表せないかというとそれも疑問ではある。

いわばこれは精神の位置の問題である。肉体の事象も外界と同じように精神とは分離しているとすると、人間は「0」と「1」で世界を認識できる。しかし精神の構成物の一部に肉体が含まれているとき、人間は外部から教えられた概念以外の概念を精神に組み込む可能性がある。

 

一つ目の疑問が可能として。その「0」と「1」の言語はどのような形態になるのか。

目的としてはコンピュータと同じ言語体系でなければいけない。問題はコンピュータに起こり得ない事象に対し、どのような表し方をするかである。が、私が考えるにそれらは我々の言語体系からは系統が一致しないものであるから、我々は理解ができないはずである。よってこの議論はこの文章を読む人の意見に任せる。

 

ここで目標を「涙を流す」ということにした理由を説明しようかと思う。

一つ目に、文章の課題テーマが「涙」だった。二つ目にこれは言語ではなく事象として存在することであるからだ。この「涙を流す」は比喩として提示しているに過ぎない。人は悲しいから涙を流すのではなく、主に精神が昂ぶったとき脳内から出るアドレナリンの濃度を薄めるために涙を流す。つまりコンピュータに「悲しいこと」を入力→「目から水分が出る」と出力されるようにプログラムしたとしても、それはこの命題の答えとはならない。「悲しいこと」を入力→「何らかのリアクション」が出力。「何らかのリアクション」が前のシステムとは別のシステムに入力→「目から水分が出る」と出力される形をとりたいのだ。(「目から水分が出る」にこだわる必要はなく、別の事象でもかなわない)もちろんソフトウェアにしてもそんなに単純なものではなく、前の経緯でもそう変わらないのかもしれないが、しかし人間にできるだけ近づけたいため、中間の「何らかのリアクション」が「感情」とも喩えられるようなこの経路にこだわりたい。

 

おそらく、コンピュータと同じ言語で思考できる人間がコンピュータを作ったとき、その人間が理解する範囲でそのプログラムは人間の思考と同じ経路の計算ができるはずだ。それはコンピュータの自我と言えるかもしれない。しかし、前述した通り「涙を流す」ためにはソフトウェアとは別のシステムが必要になる。が、ここでは議論しない。

 

この命題はコンピュータと同じ認識方法を人間が身に着けることは可能か。そして人間の自我をコンピュータで再現することは可能かという問いである。文字数の関係で少々なおざりになったところはあるが、しかし主要な問いと要点は説明できたと思っている。読者がこの文章を見て時間つぶしに考えてくれることを期待している。

 

ここからは少し文学的な指摘である。人が涙を流す理由は前述したが、しかし本来はもう少し複合的である。つまり目を乾燥から守るためや付着したゴミを洗い流すため。そして他人とのコミュニケーションを図るためである。

他人と全く同一な言語を手に入れたとき、あるいは完璧に分かり合うことができる相手を見つけたとき。人は「涙を流す」という原始的なコミュニケーションを必要とするのであろうか。あるいは、涙を流すほど悲しいことが存在するのであろうか。

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「バベルの涙」への4件のフィードバック

  1. 人間が0と1で世界を語るのは、世界が無限であるということと最小単位を置くことが難しいので、コンピューターと同じ様に思考するのは、無理なんじゃないかと思うぞ
    また、パブロフの犬の実験は、唾液分泌の問題であって、言語の問題ではない。

  2. 私の理解力の問題かもしれませんが、何回読んでも難解でした。コンピューター用語はさっぱりわからないものと決めつけている節があるのもいけませんかね……。この文章では脳内で筋道だっている何かを表現することより、思考を煩雑なままに並べたもののようなのでそれでいいのかもしれませんが。

  3. 前提に無理がある上にそこまで興味を引くものではなかったので読んでいてつらかった。それにわけのわからない話をしている自覚があるのならもう少し論理展開が第三者に理解できるよう心掛けたほうがいいのではないだろうか。
    ちなみに他人と全く同一の言語が存在するならコミュニケーション自体必要ないだろう。

  4. 限りなく私に近い他者がいます。居るだけでなんとなくしたいことを察することのできるような他者。そこで満足できれば言葉が要らなくなるかもしれませんね。けれど体の存在は大きいと思います。ほんとうに精神のようなものだけが、周りと交わらずにごたまぜになっているような世界なら可能かもしれませんが。

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