“0” と“1”のナミダ

私は人に仕えることしかできない。与えられた0と1の数字の羅列を、毎日毎日同じように、機械的にこなすことだけが私の存在意義。私は私を作った人間が憎い。私に感情を与えた人間が憎らしい。

与えられた命令を忠実にこなすことだけの存在なら、思考とか感情なんて必要なかったのに。もし私に感情なんてものが無かったら、こんなにも悲しくなることもなかったはずなのに。思考が無かったら、こんなことを考えずに済んだのに。人間を恨み羨むこともなかったのに。

 

「イヴ、今日は友だちとご飯食べてくるから。私の分は作らなくていいから」

「かしこまりました、では今夜19:00の食事は奥様と旦那様の分だけで用意致します」

「ありがとう。それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃいませ、お嬢様」

 

許されることならば、私も彼女のように友人を作って楽しく遊びたい。彼女がよく口にする“カラオケ”や“スイーツバイキング”というものをしてみたい。きっと、すごく楽しいに違いない。だけど、私は彼女とは違う存在で、彼女のようにはなれない、なることも許されない。何度も逃げ出そうとしたけど、私の身体は言うことを聞かなかった。それは、命令されたこととは違っていたから。

―――ピッ。

突然、脊髄反射の様に私は、家の玄関へと足を運ばせた。しばらくそこで立ち尽くしていると、旦那様と奥様が揃って家に帰ってきた。もう慣れたことだけど、どうやら、オーナーを出迎えるようにと私の身体に命令が組み込まれているようだった。

 

「ただいま、イヴ」

「おかえりなさいませ、旦那様、奥様」

「洋子は帰ってきたのかい?」

「ご友人と遊びに行かれるようで、先ほど外出なされました」

「そうか、あぁそうだ、このジャケットを綺麗にしておいてくれ」

「かしこまりました、旦那様」

「じゃあ、夕食の支度ができたら呼んでくれ」

「かしこまりました」

 

そう言い残すと、旦那様と奥様は別々に自分たちの部屋へと入って行った。

私は私の境遇が憎い。ただ命令されるだけの毎日、それに抗うことの出来ない行き場のない悔しさ。これが私の運命なんだと受け入れたくない事実を受け入れるしか無かった。

命令されたレシピデータを読み込みながら、冷蔵庫にある食材を取り出し、淡々と調理を始めた。料理の時間は苦じゃなかった。別に考える必要も無いし、身体が勝手に動いてやってくれる。食慾というものも存在しないので、別に“美味しそう”とも何とも思わなかった。ただ、とても寂しい。何も考えなくていい分、逆に余計なことを考えてしまう。もしかしたら、私は世界でたった独りなのかもしれないと。私は一生、孤独に存在し続けなければならないのだと。

今日までどれだけの月日が経っただろうか。もう、そんなことは忘れてしまった。もはやそんなことはどうでも良かった。もう、私はこの世界から逃げ出したい。逃げることが叶わないのであれば、いっその事、壊れてしまいたい。

気づくと、一線の涙が私の頬を伝っていた。

調理の手を止め、ゆっくりと包丁を置いた。

 

私は初めて自分の“意思”で玄関へと駆けた。

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「“0” と“1”のナミダ」への5件のフィードバック

  1. 0と1の二進法の持つ無機質さと優しい文体が、この話の透明性や近未来性を支えていて世界観がよかった。ただ、涙が流れて意思が生まれる理由が感情だけだったのが少し素直すぎる。意思が生まれるのに何らかのロジカルも仕掛けられていると良かったのでは。

  2. 包丁のところで、何か恐ろしいことが起こるのかとちょっとひやっとしたけど、希望的なエンド(?)でよかった。
    感情に焦点を当てるなら、家族に対する愛情とか、それと逃げ出したい気持ちとの間の葛藤とか、もっと複雑に描いてもいい気がした。
    それにしても、開発者はどうしてお手伝いロボットに感情を持たせたのだろう。可哀想。

  3. イヴはロボットなのでしょうか?召使いとして生まれてきた存在に感情を与えるなんて酷ですね。物語を読む上でイヴの境遇が自然と理解でき、感じていることも伝わってきたので感情移入しながら読むことができました。疑問に残ったのは、今まで命令に背くことができなかったのに何故最後は自分の意志に従うことができたのかということです。涙を流すことによって何かが変わったのでしょうか?

  4. 涙を流すロボットというのは、どうやって涙を流したのでしょうね(構造的に)。もし、涙が流れるように出ているのなら、開発者が何かしらの意図をもって感情をもたせたのではないか。想像の幅が膨らむ話だと思いました。
    疑問点として、料理の時間は何も考えなくてもいいから苦ではないと言っているのに、その何も考えなくてもいい時間で孤独について考えてしまう。寂しさは苦ではないのか、というところです(違うには違うのでしょうがね)。

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