涙の価値

将来、多くの場所で人工知能を搭載したロボットが活躍する時代が来ることは想像できるだろう。実際に既に実用化が始まっていて、私はまだ見たことがないが、使われる量も増えてきているそうだ。ロボットというものは機械なので、疲れることもなければ凡ミスをすることもなく、感情によって行動が左右されることがないのだろう。うらやましい限りである。このようなロボットが普及すれば、人はストレスのかかる単純労働をしなくて済むのではないかといういい話まである。

しかし、中には町中でロボットが働いている状況に違和感を覚える人もいるのではないだろうか。何を隠そう私もその一人である。人とやることは同じはずなのに、なぜロボットに対して素直になじめないのだろうか?それはおそらく「人間味」といわれるものがロボットには無いように感じられるからだろう。しかし、よくよく考えてみると「人間味」が具体的にどのようなものなのかと聞かれると答えることが出来ない。果たして、人間味とはいったい何なのだろうか。

まず、「人間味」という言葉は「人間」と「味」に分けられる。「味」という言葉について調べてみると、「物事のもつ深み」という意味である。つまり、「人間味」は「人間の持つ深み」ということだろう。そして、なぜロボットに「人間味」が無いように感じるのかは、ロボットにはなくて人間にはあるものの中に答えがあるのではないか。先ほど自分がロボットに持っているイメージとして疲労やミス、感情がないと述べた。もちろんほかにも色々人間と異なる部分あるのだろうが、個人的にぱっと思いつくのはこの3つである。このうち疲労やミスは人間にとってもないほうがいいものだと言える。しかし、感情に関しては一概にそうとは言えないのではないか。人は感情があるからこそ他人の気持ちを理解して共感することができ、より質の良いコミュニケーションが行われるのではないだろうか。例えば、他人が涙を流していれば相手の境遇を理解して寄り添うことが出来る。こうすれば泣いている側も相手に自分の気持ちが理解されていることがわかり、心が安らぐ。

ところで、調べてみたところによると最近のロボットには感情を学習する機能がついており、相手の感情に合わせた行動をするようになっているらしい。しかし、感情を読み取って励ましたとしても所詮それはプログラミングされた1つの行動パターンに合わせて行動しているだけで、ロボット自身が心配しているわけではない。こんなものに励まされただけで本当に沈んだ気持ちが楽になるのだろうか。

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「涙の価値」への3件のフィードバック

  1. いつか人工知能が人間の知能を超える(もう超えているかもしれない)と言われ、その人工知能が人間を殺す可能性をも示唆されていますね。そんな時代が訪れたら私たちはどうすれば良いのでしょうか。怖いです。
    私的には、ロボットに励まされたら少なからず元気は出ると思います。人は物に愛着を持ち、あたかもその物に感情があるかのように思い込むことがあります。だからロボットという「物」に愛着を持ち、それに励まされたら安らぎを得られるのではないかと思います。

  2. 人間味の代表格として涙があげられますね。確かに、涙のような感情の爆発は人間らしい。何より泣くことって体力使うし。けれどロボットにもし涙が流れたら。それは普通の人間のそれより心をつかむ破壊力があるでしょう。余談ですが、ロボットと人間の恋っておもしろいですよね。

  3. 将来的にロボットが日常生活にあるのが当たり前になるのかもしれません。鉄腕アトムとかドラえもんのような存在が身近にいたら楽しいかもしれませんが、人間に似ていないロボットに泣かれると怖いし、人間に似せても、不気味の谷に陥るかもしれないので難しいところですね。

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