こえ

このあいだ涙したできごとがある。

それは日曜のサークル練習終わりのことだった。わたしが所属するビックバンドジャズサークルは毎週日曜日に朝から夕方まで練習があって、今の時期になると帰るときはもう外は真っ暗だった。
わたしは時々この真っ暗が嫌いになる。この日もそうだった。いつもよりもハードな練習日で、自分が担当している楽器ではないものを吹かされたり、自分だけ曲の練習が進んでいなくて周りに迷惑をかけてしまったり、散々な一日だった。
わたしが担当しているサックスという楽器は、肩にストラップをかけて吹くものである。
その負担が帰るときになって肩ににじむ。今日は本当に疲れた。今練習している曲は簡単に吹ける曲じゃない。いつものように練習したって何も上達が見られない。そういえば、ソロの練習も何もできてない。自分は今の先輩のように立派にソロを吹ける日が来るのだろうか。ああ、しかも今はテスト期間だった。帰ったらたまりにたまったレポートを倒さなければならない。正直サークルばっかりにかまけていられない。自分がしたい勉強だって、全然できていない。でも、今求められているのはサークルのことだけを考えてサックスを一心不乱に練習することのような気がする…。両立しなくちゃ。頑張らなくちゃ。
隣を歩くサークル仲間たちの話し声が耳を通り過ぎてゆく。やっぱり真っ暗は嫌いだ。それにめちゃくちゃ寒いし。どんどんどんどん思考がネガティブになっていく。あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ。考えることが多すぎる。
「もう一か月後にはオーディションだね」
突然この声だけ耳に入った。オーディションというのは新しい選抜メンバーを決めるためのものである。3年生たちが引退してもう世代交代の時期だ。わたしははじめてこのオーディションで同期との実力差をまじまじと見せつけられることになる、と思っている。
自分はもともとサックス経験者だ。といっても中学3年間吹奏楽をやっていただけで、ジャズもサックス歴もそんなに長いとは言えない。でも、対する同期の彼はずぶの初心者だった。ジャズもサックスも全て大学からデビューしたのである。だから、彼より私のほうが、難しい曲にあてられたり、ソロを任されたり、何かと期待されることが多い。けれど、わたしは自分と彼との間に実力差なんてそれほどないと思っている。実際彼は、この約一年間で凄まじく成長したと思うし、何よりわたしよりサックスへの熱意がすごい。やる気がみなぎって向上心の塊のような人間だ。わたしは彼の脅威にずっと見ないふりをしていた。自分がちょっとした経験者であることにかまけて、ずっと彼の成長に、彼の変わっていく音に、耳をふさいでいた。
だから、怖い。きっと今のわたしと彼を比べたら、そんなに差はないだろう。むしろ、わたしが落とされる未来だって十分にありえる。怖い、怖い。もし自分が負けたらどうしよう。それはわたしのプライドが許さない。プライドなんてくだらない。そう思っていたけどやっぱりそんなわけない。怖い、挫折したくない。オーディションでぼろくそに言われて、凹んで、泣いて、絶望したくない。同期と戦いたくない。いやだ。いやだ。
……外が真っ暗なのが悪い。
誰にも相談できなくて、でもどこかに吐き出したくて。
家に着くとポケットのスマホが震えた。イヤホンを外して電話に出る。恋人からだった。
「サークルお疲れさま」
涙がこぼれた。ずっとききたかった声だった。

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「こえ」への4件のフィードバック

  1. 外の暗さと暗い気持ち。同期することってありますよね。私も夜はいつもネガティヴシンキングです。
    最後の涙は安堵からくるものなのでしょう。やはり一人じゃない、というのは大きいことなんだと改めて感じました。ただただ羨ましい。

  2. 劣等感って本当に止まらないものですよね。自分の場合は相談相手も救いをくれる人もなくひたすら悩み続け胃を痛めたことがあります。さすがにやばいと思って救いも結論も何も生まれてなかったけど考えるのをやめました。暗いときそういう気持ちになりやすいですよね。医学的には交感神経が活発でなくなるとかいう話だったような気がします。
    恋人がLINEとかじゃなくて直接電話してくるあたりに愛情が感じられます。前のコメントと同じになりますがうらやましいです。このスタジオ内であれば逆に救いがないほうが共感されるような気もします笑

  3. 追い込まれてきて、自分ではだんだんどうしていいかわからなくなって、考えても堂々巡りをしてしまって抜け出せなくなってしまうときに、誰か救いの言葉をかけてくれるのっていいですね。しかも、自分から求めるのではなくて、相手がかけてきてくれると嬉しさもひとしおです。この主人公の場合、相談するということもできないだろうし、かなり救われたんだろうというのが共感できました。

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