さよなら、

コートのポケットを探る。嫌な予感がした。ない。ネックレスと揃いのブレスレットがない。ネックレスはさっき取り出してつけた。電車の空いたドア際からホームを見る。
さっきまで私が立っていたよな、いなかったよな場所。なにか落ちてる気がする。視力が落ちた。よく見えない。ドアはまだ空いている。あの白い輪はホームの模様か。藁かな。ドアがまだ空いているのに。
走り出した電車の扉の窓に額をくっつける。遠ざかるホームを、眼球を限界まで動かして見つめる。きらっと、光った気がした。あ、だめだ。さよならだ。たぶんやっぱりあれはブレスレットだった。電車の中で泣いた。子どもみたいに嗚咽をあげそうだった。

別に特別大切だったわけじゃない。母親がくれたものだったけど、そんなに値段が張るわけじゃなかった、気がする。張ったかも。アクセサリーがなくなったら人はどんくらい悲しむのか平均がわからない。全部どうでもいい。そうじゃなくて、私が予感はあったのにホームにぱっと取りに行けなかったことも含めて、こんなのどうしようもなくなにかを象徴する物語みたいでそれだから死ぬほど、悲しい。

私の物語は夢で、マントルまで潜って原石みたいなとこまでいったらそんなのすごく卑小な願い事でしかない。でも私は、それにすがりたくて宗教にしていた。たぶんそんなのはみんな同じで、でも書くたびにそれだけじゃダメだってなる。そうなったら、卑小な願いを覆えるだけの文法を身につけるか、願いを外に開かせて世界でいちばんやさしい論理をつくるかだ。

私の夢はもう破れかけだ。現実を物語にすることで苦しいことを意味のあることに変える方法をとっていたら、何にでも意味が生まれてしまって、まるで伏線みたいだと思ってしまうようになった。
私が落としたのはブレスレットじゃなくて、一番大切にしてた願い事だ。電車に乗って大人になるために、捨てなければならなかったものだ。拾える可能性があって、取りに行くことを何往復ためらうだけの時間はあったのに、それでも遠ざかるのを見るだけだったなら、それは私から捨てたも一緒だった。

さよなら、正しさはどこにもないと言うけれど、私が正しくないと思ったらそれは正しくない。さよなら、大切だけどさよなら。でも大人になってもう一度ここに戻ってこれたなら、それは本当に大切な願い事だ。今のうちに、魔法が解けるその瞬間まで、最後の願いの物語を書いて私はおとなになれたらいいと思う。またね。左様ならば。

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「さよなら、」への4件のフィードバック

  1. 独特の世界が広がっていて、コメントをつけづらいというのが正直なところです。その中でも抽象的な表現だけでなく現実の出来事を例に出して織り交ぜているというのは読者にとってはありがたいです。ふわふわしたことしか書いてないと分かりづらいので。

  2. すごく詩的で、分からないようで分かるようで分からない、不思議な文章だった。
    あらゆる出来事を暗示や伏線と捉えたり、何か冷静に受け入れられないことに対して、無理やり綺麗な意味づけを行ったりすることは、すごく共感できる。
    ただ、ブレスレット、取りに戻ったらいいのにと思った。

  3. 独特な言い回しですね。何度か読み返しましたが、どれくらい作者の意図を掴めたのかわかりません。
    ブレスレッドを捨てることで大人への一歩にしようとする意図はわかるのですが、そこに至るまでの文脈というかストーリーが分からない、または存在していなくて、共感しにくかった。
    全てを詩にしてしまえばあるいはよくなるのかもしれません。

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