悦楽を求めて

初めてその感情を覚えたのは幼稚園のときだった。今ではもう理由も思い出せないようなことでリカちゃんと喧嘩をして私は彼女を泣かせた。私はそのとき彼女を泣かせてしまったことに少しの罪悪感とおかしなことに確かな悦びを感じたのだ。このときは私も幼かったのでただの気のせいだと思い込み、そのうちに忘れていった。

 

しかし、小学生のときにユカちゃんと喧嘩をして、また泣かせてしまったときに私は気づいた。私は彼女の涙に言いようのない悦楽を感じていたのだ。彼女の泣き顔は今でもしっかりと覚えている。「うあ~~ん」とみっともなく泣き声を上げながら、ほんの少しの私への怒りと大きな悲しみと私に叩かれて与えられた苦しみに歪む顔は最高に魅力的だった。あの顔を写真に残せなかったことは私の人生の中でも最大級の汚点だ。

 

それからも私はことあるごとに力や言葉の暴力でユカちゃんを泣かした。周りは子ども特有の気になる子へ素直に接することができない悪癖の現れなのだろうと思っていたらしく、私がユカちゃんを泣かしても教師はいつも本気で叱ってはいなかった。もちろんそんなはずはなく私はユカちゃんの涙がただ見たくて彼女をいじめていたのだ。ユカちゃんは涙もろかったので、そういう意味では確かに私のお気に入りではあったのだが。

 

高校に上がるころに私は確信した。私は誰かの泣き顔を見ることが好きで好きで好きでたまらないのだということに。別に暴力を振るったり他人をいじめることが好きなのではない。悲しみに歪む顔、潤んだ瞳、ほほを伝って流れ落ちる涙、それらに得も言われぬ興奮を覚えるのだ。私にとってはそれは他のどんなものにも勝る悦楽であった。

 

そして私は詐欺師になった。手っ取り早く人を傷つけ、他人の涙を見るにはそれが一番だと思ったのだ。そしてその選択は大当たりだった。私に騙されたのだと知った時の相手の絶望とともに流れる涙は最高なものだった。金に興味はなかったが、より多く金を騙し取ればその分だけ絶望は深くなり、そのときの涙はより格別なものだったので出来るだけ多くむしり取った。そんな日常を私は今日も続けている。

 

「よ、よくも騙したな! そんな額の金払えるわけがないだろうが!」

「でも払うと言ったのはあなたですよ。契約書もちゃんとここにある。ああ、暴力には訴えないでくださいね。私に万が一のことがあっても、契約はきちんと私と懇意にしている暴力団に引き継がれることになってますので」

「……ちくしょう!」

私が彼の前で契約書を見せつけると、彼は膝をついて涙を流した。ああそれだ、その涙が見たかったんだ! 素晴らしい。だからこの仕事は止められない。私は今日の哀れな獲物に「では、また期日の日に」と無慈悲に言い残してその場を去った。

今日も良い成果だった。明日はどうしようか、どんな涙が見られるのか、そんなことを考えて悦楽に浸りながら帰り道を歩いていると後ろから強い衝撃を感じた。

「よくも、よくも騙したな。許さない、絶対に許さない!」

女が私の背中を包丁で刺していた。見覚えがある顔だ。確か半年ほど前に結婚詐欺にはめた女だっただろうか。女は「許さない。許さない」と呟きながら私を何度も刺した。体温が失われていくのを感じる。女の顔は憤怒と憎悪に染まっていた。目の端から涙が伝っていくのが見える。意識が遠ざかっていくのを感じるが私には彼女の流す涙の方が大事だった。もっとよくその涙を見させてくれ、ほほを流れ落ちる涙。私はそれがもっと見たいんだ。もっと……もっと。なみだ……を……。

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「悦楽を求めて」への2件のフィードバック

  1. 涙って綺麗ですよね、何故でしょう。何か一つのものに取り憑かれてしまった人間が破滅する姿を描いた物語は沢山あって、多くの場合その当人は何故自分が破滅したのかを振り返りながら死ぬのが定石かなと思います。この主人公は狂い方に現実味がなかったので感情移入すにも恐怖するにも中途半端な感じがするので、もう少し共感可能、もしくは圧倒的な恐怖を追加するといいと思います。

  2. 甘い、言葉選びが甘すぎる。こういう場合において「暴力団」って口頭で言います?
    前半の嗜虐心が形成される描写はよかったのに、雰囲気が崩れてしまうのがとても残念です。
    字数の縛りのせいもありますが、説明不足のままオチが唐突に降って湧いた形なので、他の落とし所を見つけたほうがこの物語としては賢明だと思います。

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