水仙

『泣いて助けてと言える人より、泣けないあなたが心配です』

中学2年生の私はそう書かれたポスターを見て吐いた。地域の団体が作ったいじめ撲滅のやつ。その日はもともとなんだか情緒不安定で、すごく気持ち悪くなって、トイレに駆け込んだ。道徳の授業が始まるから急がなきゃと思ってたのに動かない体。座り込んだ床は冷たい。

その頃の私は、典型的な「泣いて助けてと言える人」だった。そういう人間になっていった理由は簡単だ。心配して欲しかったから。それだけ。ところがどっこいそれでは社会的に気にかけてもらえない方に当たるらしい。自己主張ができていて、甘えようという考え方ができるなら、まだそいつは大丈夫。自分一人で抱え込んでしまう子の方が病気にもなるし、最悪の場合死んでしまうかもしれないから寄り添ってあげなければいけない。これが大人の考え方。なんなら道徳の授業で取り扱いそうだ。大人が言うことは絶対の社会に生きるなら、模範解答は常に一つ。そう考えると気が楽になる。無駄に優等生を気取っていた私にとって、大人が親が先生が、という言葉ほど効き目のあるものはなかった。

泣けないゆえに心配してもらえる「あなた」が私は憎らしくなったんだろうか。人に甘えたり頼ったりしようと思っていたのに、それを求めてもいない奴にばかり大人の目は向いていて自分は無視されているように感じたのかもしれない。助けてくれと叫んだってそれを受け入れてくれる人がいるかどうかは別問題なのだと、何かをわかった気になった。わからされたような気になった。『お前みたいに泣き喚ける奴は、そのまま這いつくばってくたばれ』と言われたのだと理解したことにして、私も少し大人になったと言い聞かす。

私は悲劇のプリンセスになりたかったのだ。いや、今でもなりたいのかもしれない。今思えば、中学2年生の私は「這いつくばってくたばれ」と言われた自分、トイレで蹲る自分に酔っていたのだと思う。自分にまつわる全ての動詞が受動態であって欲しかった。その方がかわいそうだ。身の丈に合わない願望なのはわかっていたけれど、そのギャップにもまた酔いしれる。これはある種の自己防衛だ。何個も用意された天の目が私の行動を監視していて、上手くいかない自分を慰める。これは今も変わっていない。お姫様になりたいのにやっぱりわたしじゃ無理なのね、嗚呼、かわいそうな私。心の中では常にそういう感情が自分の鎧になる。

そしてもうひとつ、もうひとつ私を守るものがあって、それは規律だ。規律を破らない限り間違うことはないという自己防衛本能が働いている。間違いたくはない。それがたとえ大人の作ったものでも。私は悲劇のプリンセスになりたいくせに、他人からかわいそうな人間だとは思われたくないのだ。本当はかわいそうな自分が大嫌いなはずだから。本来私は自分のことを棚に上げて、愚鈍な人、頭の悪い人、空気の読めない人が嫌いだ。見ていて常にイライラする。多分「泣けないあなた」に対してここまで敵意というか、嫌悪感を抱いた理由はこっちにもある。泣けないって、抱え込むって要領が悪いだけなんじゃと考えている自分がいたのだ。

そういう人たちと一緒に居たくないけど、結局自分だってそっち側の人間だから友達が作れない。一人でいる自分に、今日も一人だね、かわいそうだね、いつか全部報われて認められる日が来るからね、そう天の目が語りかける。さらにその上にいる自分が、生きやすさとその他の色んな感情を天秤にかけて立ちすくむ。なかなか変われない自分が一番愚鈍で気持ちが悪いとはっきり言い出せない。

弱い人間だ。とてつもなく。恒常的に自家撞着。

そういえば最近、極端に泣くことが少なくなった。悲劇のプリンセス症候群をまた一段と拗らせてしまったのかもしれない。これはまた一段と救えない不治の病か。王子様を待っているなら蛙から探すべきだと、他人事のようにつぶやいてヘラヘラとさらに増えた天の目が笑う。涙の数だけ強くなれるんだったら、こんなことにはならなかったかもしれない。なんであの歌が受け入れられるのか、いまいちわからない。他人も自分も、詭弁ばっかりだ。

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「水仙」への6件のフィードバック

  1. 愛されたいというのはよくある願望でしょう。この人がいれば何があっても私は構わないわ、みたいな人がいるにもかかわらず、それでも愛されたいと思います。
    小さい頃は規律を守ればそれだけで良い子と褒められますから、できるだけ良い子を振舞います。多分この文章に共感できていると思います。
    それはとてもわかるのですが、泣くことが少なくなったという結末は、ちぐはぐというか、まとめてはいないように感じられます。
    泣くことが少なくなったのは、愛されることに執着しなくなったことではないでしょうし。

  2. 話の軸は据えてあるのだろうが、複数の話題同士の関連性が雑で内容がとっ散らかった印象を受ける。結果、何が言いたいのかよく分からず、なおかつ匿名投稿なので興味を持続させることができなかった。

  3. 個人的に嫌いな文章だと思いました。文単位では好きですが。
    自己完結して発展しない文章は読者を疲れさせるだけだと思います。(もちろん疲れたいだけの読者もいるのでしょうが)もう少し読み手のことを考えても面白いと思います。
    「ところがどっこい」だけすごい場違いな気がして印象に残りました。ところがどっこい。うーん。

  4. 幾つか話が並列して並んでいるが、そのチョイスが正しかったのかが疑問です。あまりあなたのしたかった話の例?には相応しくないかもっと適切なものがあったように思えます。本題への適切なレールになっていないイメージ。

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