処女

全身黒に包まれた大人がひとり、またひとりと吸い込まれるように館内へ入っていく。
私と彼もまた、頭から足まで黒に包まれている。館内へ入っていく大人たちと一つだけ違うのは、その黒が卸したてのようにつややかに光っていることだ。大人たちのよれよれになってどこかくたびれた黒。いったいこれまで何度あの黒を身にまとったのだろう。
そして、私たちのこのきれいな黒も、いつか同じように光を失っていくのだろうか。

ふと、隣に立っていた彼と目が合う。年は私よりも3つほど上だろうか。
若いからという理由で駐車場の誘導を任されたが、彼のことはよく知らない。
「お葬式は初めてですか?」
なんとない居心地の悪さをごまかすために。
「そうだよ」
知ってた。それはそうだ。そのスーツの色を見ればわかるよ。
だけど、何か話さないと、口にしていないとやっていられなかっただけだ。
「お葬式ってほんと息が詰まりますよね」
「別に」
「けど、人が死んだんですよ」
「人はいつか死ぬよ」

「人はいつか死ぬ」当たり前だ。今だって心臓が止まるまでのカウントダウンは少しずつ進んでいる。0がいつ来るかは分からない。もしかしたらまばたきをして目を開いたら死んでいるかもしれないし、案外人生を謳歌した50年先かもしれない。

私は死ぬのが怖い。
小学一年生の時、あんまり怖いから母親に泣きついた。一人で子供部屋のベッドに入っても眠れない。瞼の裏側には恐怖が貼りついた。
死にたくない、死にたくないと泣き叫ぶ私に母親は一冊の本を買ってくれた。
タイトルは「死ぬのはこわい?」。中にどんなに素晴らしいことが書いてあったかはよく覚えていないけど、それを読んでからは夜も一人で眠れるようになった。

だけど、その本の効き目はほんの少しだった。朝になればまた元通り。
小学校の授業中、気を抜くと聞こえてくる心音はグロテスクで、生の証であるはずのそれは私に死を予感させた。

それから10年ほどたったが、死は今でも私の隣にいる。
だからこそ。

「どうしてあなたはこんな時でも平然としていられるの?」
「どうしてって」
彼はいつもの表情を崩さないで続けた。
「ドライアイだから」

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