飲んでないよ!/春課題②/温帯魚

ぼっちはねぇ、辛いんだぞ!俺だって誰かと遊びたいわ。誘われてもビビッてたぶん断るけど。普段から仲がいい人がいないとね、こうね、世界滅びないかなぁとか三日に一回ぐらい思うわけですよ。ツイッターとかで知り合いが海外言ったみたいなのを見るとね、ああ俺世界に何も関わってないなって。自意識がもうヤバい。マジヤバい。マジヤバーい。お酒飲みたいけど家の周辺は年齢確認がきっちりされてんですよ。茶すすりながら映画見ろってか。こうね、頭のネジ二本ぐらい外して生きていたい。芸術家みたいなお金の稼ぎ方をしたい。したくない?社会の歯車とかなれる気がしねえわ。なりたくないの前になれる気がしねえわ。もう一種のあこがれですよ、憧れ。憧憬。なりたくないけど。

という訳で今回は経験って大事だよねっていう話です。横浜美術館の「村上隆のスーパーフラットコレクション」と、「緊急開催!!村上隆、再びコレクションを語る」に行ってきました。

まずはコレクション展のほうから。焼き物とか現代美術とかが所狭しと並べられていて、ただただ圧倒、みたいな。僕大体なんにしても一回目は感動しかしないので分析とか苦手なんですよね。だからその位の感想しか出てこないです。焼き物は茶碗系が好きですね。手触りとか、色の濃淡とか、そういうのが気になります。ああ触ってみたい、的な。ああいうの持ってたらこう心が沸き立つんだろうな、みたいな。現代系術系は、なんでしょう。美術館でそんな照明アリ!?みたいなのが記憶に残っています。ネオン良いよね。とりあえず色が印象的な奴と、後はデカいのが単純に惹かれました。デカい写真とか、対象がたくさんあるドローイングとか、そういうのにグッときます。以上。

で、村上さん本人の話について。終始お金の話でした。この茶碗はいくらしたとか、当時高かったものが今すごく安くなった、とか。
つまり価値の話でした。芸術品には高い価値が付けられるものですが、それはいわゆる物語によるお金だ、と。一千万で買ったものが百万でも高いと言われても、村上さんが持ち続ければそれは価値のあるものになる、らしいです。もちろん美術館に展示されるのは空間芸術ですから、時間芸術で価値が語られることはおかしいように思えます。しかし私たちが判断するための概念は他者から受け継いだもので、つまりそれは物語だ、みたいな。結局、複雑だ、って言っちまえばそれだけの話なんですが。お金を儲けるためかどうかによっていろいろ変わってきますしね。消費者と生産者と仲介者の、すべての視点に立っている村上さんだから言える話なのかなと思いました。
立場によって価値が変わるということを忘れてはならない。

冒頭の愚痴と経験のハナシどこ行った。まあ次ぐらいに回すと思います。それでは。

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