Soは問屋がディヂュント・ディストリビュート!前編/春課題①/エーオー

どうも、エーオーです。
スタジオがなくて情緒が不安定になってます。
これがインプットになるかどうかは正直微妙ですがね、奥さん。急速冷凍は鮮度を保つ! この情緒不安定さを冷却保存すべく自分なりに論理付けしていきたいと思います。

さて、私はよく「死にたい」と思うんですね。思うっていうか、すぐ口に出すしなんなら道で一人歩きながら「あー、死にたい」とか声に出しちゃう。むしろバイト中ひとりごとで「死にたい」とか言っちゃう。危ない人ですね。
でもよく言うじゃないですか。死にたいって言ってるやつに限って死なない、みたいな。本当はそんなにつらくない、みたいな。まあそうですよね。死ねないっす。リスカもむり。だって痛いのも苦しいのも嫌だし、私が死んだら葬式の費用が掛かる→家族に迷惑が! とか考えちゃうから死ぬわけがないんですね。その通りだ。まずはパソコンのデータを……。
それはいったん置いて、おいてもうちょっと私の死にたいはどういう死にたいか考えてみたんですね。

結論。どうせなら超越的ななにかに殺されたい。
超越的、つまり神さまです。別に既存の宗教じゃなくて、私のなかの絶対の規律。それに背いた生き方をしたら殺されるシステムがほしいんですね。
さて、私の規律は何かというとめちゃめちゃ生産性のある日々を送ることですね。生産性とは、ここでは物語を生産することを指します。よりよい物語をつくるために、毎朝七時半くらいに起きて本を読んで映画をみて、ノートをとって勉強しそして書く。書くには体力も大事です。ジョギングを日課にして、ご飯も規則正しく食べて身体も健康体にするぐらいの管理能力は欲しい。そして、大切なのが人との関わり。人は人と関わることによってかけがえのないものを得ますからね。その時に感じた気持ちが物語になったりします。うん、大事大事。
まあ、ここまで来たら後の展開はお分かりでしょう。起きたら10時だったとする。
はい、終わった。もうその時点で死にたい。生産的じゃない。もうその時点で二時間半のロスが出てて、その時間意味のないことに使ってしまった。そんな無駄でクズでゴミみたいな自分は生きていても価値がないから神さまどうか存在を抹消してほしい。そう思うわけですね。すごく中二!
つまりはそういうことなんです。これは神さまじゃなきゃダメで、交通事故とか誰かに殺されるんじゃ納得がいきません。キレます、むしろ。複雑な乙女心! 私は痛みも苦しみもなく、ただ私の信じる神さまにころされたい。っていうか、規律に背いたら殺されるという脅しがあれば、私は自分でたてた規律を一から十まで守って完璧に正しい人間になれる! そういうことを夢見ているんですね。

「適応」
ただ、冷静に考えて「死にたい」と思うなんてメンタルが弱すぎるじゃないですか。
ネクラ過ぎない? やばくない? じゃあもう死んだ方がよくない? むしろその方が社会のためにならない? どうせそのメンタルの弱さじゃこのさき生き残れなくない? 生物的に弱肉強食じゃない? 弱い個体は生き残れなくない?
さて、ここで片手にあらせられるのは斎藤環による『関係する女 所有する男』。私はこの本を読んで以下の部分に目を輝かせたわけですね。
(※以下の記述は一部私の誤解により真実が歪められています。最後までお読みください)

まず、斎藤は『現代の人間に「生の欲動」と「死の欲動」の矛盾する二つの欲動があるとして』います。そして、「適応」という言葉を用いれば、その二つの欲動を納得がいくものとして説明できるというのです。

「生の欲動」については説明するまでもないだろう。ならば「死の欲動」は? こちらも説明可能だ。心理的葛藤に弱い個体が自殺によって淘汰されることで、集団全体が病理に犯されずに生き延びることができる、といった具合に。
(斎藤 p79)

まじか!! じゃあ「死にたい!」という衝動は、より強い種を維持していくために弱い個体を滅ぼすスイッチの様なもの!? これいけるんじゃない? わたし死ねるんじゃない? 超越的な存在とはつまり強者の種の保存のために君臨している生物の原理の神なんじゃないか!!? やった! 勝ったぞ! 神さまどうぞスイッチを押して私をころしてくれ!!!

ところがどっこいそうは問屋がdidn’t distribute。
ここまで考えたはいいんですけど、続きがあるんですね。
さて、まあよく読むと実は斎藤はこの「適応」によってすべてを説明づけることに疑問を抱いているんですね。「適応」は人間の心理において関係がないとは言えないが、心理すべてが「適応」を目指す単純なものであるとは思えないとはっきり述べています。たとえば、ひきこもりという現象も、外に出ないことでウイルス感染を避けられるという点においては種の維持のための「適応」行動であると。つまり、上の引用は反語的なものだったのです。

あ、そうですか。
はい神は死んだ!! 私を殺してくれる超越的なものの存在が否定された!! 強い種の保存のための自殺へ向かうスイッチなんてどこにも存在していないと言うのか。だめだ……もうだめだ……死にたくなったら自分で頑張って死ぬしかない……。

後編予告:「適応」の名のもとに、自分のようなクズ人間の存在は超越的な神さまによって抹消されるのではないかという希望を夢見たエーオー。しかし、儚くもそれは打ち砕かれた……。次回、更なる試練がエーオーを襲う――グールドの『ワンダフル・ライフ』を片手に持って、こうご期待!!

 

参考

斎藤環「関係する女 所有する男」2009 講談社

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