自転車乗りのマルコ(上)/春課題③/三水

ドキュメンタリーは、人の心を動かすことに長けているように思う。

今回はあるロードレースを通して、一人の自転車乗りを紹介したい。
もちろん彼の記録はこのレースだけに留まらないが、導入までに。
レースを見て、彼に感心したら。
ほんの少しでも、「こいつすげえな」と思ったのなら。
彼の人生を知ってほしい。
多分、もっと感動してもらえると思うので。

・・・・・・
さて、もし時間があれば、先にこの動画を見てほしい。33分50秒からでいいから。
何であれ、展開が読めないというのは物事を楽しむ上で大きな要素だと思う。

「ツール・ド・フランス1997 第13ステージ(1時間15分)」

1997年ツール・ド・フランス 第13ステージは、アルプスを越え、ツールを代表する山岳ラルプ・デュエズの頂上をゴールとする。全行程203.5㎞の山岳ステージだ。
ラルプ・デュエズは、標高1850m、標高差1130m、平均勾配7.9%。
レースではラストの14㎞に当てられている。
つまりすごく単純に考えると、14㎞で1130m登るということ。
単位を下げると、1㎞で約80m、100mで8m登ることになる。
(同様に、勾配とは一般に100×垂直距離/水平距離のこと)
ちなみに、修学旅行でおなじみの日光・いろは坂(上り)の平均勾配は4.2%である。100mで約4m。
ラルプ・デュエズはその倍と考えれば、いかにキツい山か、ご想像いただけるのではないだろうか。

だが、ただ厳しい山というだけではない。
ラルプ・デュエズは、ツール・ド・フランスを象徴する山だ。
この山では、総合ではなく、この山だけのタイムが録られる。
純粋に、山裾から頂上のゴールまで、何分何秒で登ったかを記録されるのである。
あらゆる自転車乗り、主にクライマーと呼ばれる山岳特化した者たちにおいて、このラルプ・デュエズのレコードを塗り替えることは、もはや一つの伝説である。

この山を、誰よりも速く征した男が今回の主役である。

少し遡って説明する。
動画内27分、つづら折りが見えてきた。ラルプ・デュエズの誇る21のつづら折り、その一つ一つには、歴代ステージ優勝者の名前が飾られる。
新たに刻まれるのは誰の名か、期待が高まる。
前半130㎞あまりを先行していた二人は、既に集団に吸収された。
集団の先頭チームは、総合一位のJ・ウルリッヒ、そして前年度覇者B・リースを有するテレコムと、今回のステージ優勝候補R・ビランク有するフェスティナ。あたかも両頭の蛇のように長いプロトンをコントロールしている。
動画内28分40秒 187.5㎞地点。いよいよ山に向けて加速していく。
動画内31分、ラルプ・デュエズに入った。

― 後方でバンダナが投げ捨てられる。33分50秒 ―

五人の選手が集団を矢のように飛び出した。
先頭はウルリッヒ。続いてビランク、リース、パンターニ、カメンツィン。
「役者が揃った」
実況の声も熱くなる。

特にビランクはマイヨ・グランペール(山岳賞一位に贈られるジャージ:白地に赤ドット)も鮮やかな若きクライマー。総合順位二位。
動画の冒頭一分半は、彼の栄光が綴られている。
今回のステージでは優勝はもちろん、総合タイム一位のウルリッヒと、どこまで差を縮められるかが勝負である。
現在の総合タイム差は5分42秒。
あるいは覆す可能性も十分にある、まさに真打ちの選手だ。

対するウルリッヒも負けていない。総合一位を表すイエロー・ジャージ マイヨ・ジョーヌに身を包んだ堂々たる姿は、得意なステージで眈々と首を狙うクライマーに、一歩も揺らがない強さを見せる。
颯爽と先頭を切る勝者の黄色。死角などないとばかりに、オールラウンダーの彼は終始安定した走りで後続を突き放さんとする。

前年度優勝のリース。そして翌年になるが、98年世界選手権に優勝するカメンツィン。
彼らもまた、虎視眈々と頂上を狙う。

そして最後に、動画内でも思い出したかのように触れられる選手がいる。

マルコ・パンターニ。

スキンヘッドをバンダナで覆い、険しい横顔に光る鼻ピアス、小柄な体躯のイタリア人。
二年前の95年、まさにこのラルプ・デュエズで名を刻んだ選手である。
生粋のクライマーである彼は、当然のごとく今年の山頂も狙う。

34分40秒。パンターニが動いた。
一気に先頭に躍り出て、見る間に速度を上げていくその姿。
まるで水を得た魚のようにすいすいと登っていく。

後にビランクも弱音を吐いたその速度に、まずカメンツィンが落ちた。
続いてリース。39分21秒。

そして42分20秒、カーブで即座に加速したパンターニに、ビランクが離された。
三年連続で山岳賞一位に選ばれ、後に『山岳王』と呼ばれた選手、ビランク。マイヨ・グランペールを背負ったまま落ちていく。
ゴールまで残り10㎞地点。
続いて、同じくカーブで仕掛けられ、引き離されたウルリッヒ。43分37秒。追いつこうと足掻くも、小さな背中は見る間に山へ消えていく。
45分38秒。今ツールで初めて、彼が顔を歪めた瞬間だった。

集団から飛び出して10分、山に入って4㎞あまり。
パンターニは独走していた。
「やはりマルコ・パンターニは天性のクライマーだ」
群がる集団を掻き分け、時に叱りつけながら、彼は真っ先に山頂を目指す。
速度が緩めば、自ら腰を上げて立て直し、変わらぬスピードで、他の追随を許さない。
残り5㎞地点も悠々と越えた。
ウルリッヒとのタイム差は30秒程度。ビランクはさらにその30秒後。
そして、その差が埋まることはついになかった。

一位はパンターニ、47秒遅れでウルリッヒ、1分27秒差でビランクが入る。
圧巻の勝利だった。念願の奪還だった。
誰よりも速く、パンターニがラルプ・デュエズを征した。

(区切りました。よければ次も読んでいただけるとありがたいです。)

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