自転車乗りのマルコ(下)/春課題④/三水

パンターニは不運な選手と言われる。

97年ジロ・デ・イタリアでは飛び出してきた猫を避けようとして落車。
同年、つまり今回の第13ステージまでに既に四度の集団落車に巻き込まれ、タイムを失っている。
度重なる事故。
中でも大きなものは1995年、逆走してきた車との接触事故で、パンターニは脚を骨折。健全な歩行も危ぶまれるほどの大怪我だった。
もちろん、自転車も。彼の選手生命は断たれたとも言われた。
プロ選手として二度目のツールでラルプ・デュエズを制し、新人賞マイヨ・ブランを獲得、イタリアが希望に沸いた直後のことだった。

しかし入念なリハビリを経て、彼はレースに戻ってくる。まるで自転車に乗らなければ死んでしまうとばかりに。
1996年ツールは逃したが、97年、彼は世界に、そして山に再挑戦する。
結果はご覧の通りだ。

大事故の後の快挙。帰ってきた英雄。
ラルプ・デュエズ以降彼は、『イル・ピラータ(海賊)』と呼ばれることになる。
スキンヘッドにバンダナ、あごひげ、ピアス。その容貌もさることながら、貪欲に頂上を求める姿、ライバルを次々と蹴落とし、力尽くで山頂をもぎ獲る才能も全てひっくるめて、彼はそう呼ばれた。
イタリア中が熱狂し、彼の名を叫ぶ。
実際、それまでサッカーのみがメジャースポーツだったイタリアで、ロードレースの名を高めたのは間違いなく彼の功績である。
黄色い自転車に乗って、誰よりも速く山を駆け登る海賊。
彼はイタリア中を、ロードレース界を魅了し、あらゆる山岳と賞を獲った。
翌1998年、パンターニはジロとツール、二つの世界大会での総合優勝を果たす。
ダブル・ツール。それはまさに、全ての自転車乗りの夢だった。

そしてまた、その名の通り、彼には影もあった。
連覇目前と謳われた99年ジロ・デ・イタリアの最終日前日、抜き打ちで行われた血液検査で問題が起こる。赤血球濃度に異常が認められたのだ。
二度目のダブル・ツールを狙うパンターニに下されたのは、出場停止命令。

その年のツールは欠場。
そしてこれを境に、パンターニの影は深まっていく。
翌2000年のツールでステージを取るが、途中棄権。
2001年、またもドーピング疑惑で、2003年3月までのレース出場停止処分を受ける。
称賛が裏返って激しいバッシングへと変わった。
メディアからの執拗な攻撃に、彼は精神科にかかるようになる。

2003年ジロ・デ・イタリア 総合14位。パンターニが出場した最後のレースとなった。
あれほど執着していたツール・ド・フランスに出ることもなく、彼は失踪。

失意の中、彼はコカインに手を出した。
まるで子供の当てつけのように。

「嵌められたんだ」

ドキュメンタリー映画『パンターニ』で、繰り返し言われる言葉だ。

「彼は目立ちすぎた」

そう言う者もいる。
1998年、最盛期のパンターニが、同年のツールの最中に起きたロードレース界最大のドーピング事件『フェスティナ事件』で、レース中断に徹底的な抗戦を続けたことも指摘された。負けろと言い含められたレースでも勝った。
確かに彼の行動は、当時の、いや今も含めて、あらゆるロードレーサーの中で、飛び抜けて鮮やかだった。
彼は自身のレースに、勝利に貪欲だった。
八百長も、検査によるレース中止も、彼には受け入れられなかった。
彼は山頂を獲り続けたし、そのためなら座り込みだって辞さなかった。
彼はいつも、少年のような目で堂々と、山を見つめていた。
それは時に、大人の目には『厄介』に映った。

2004年2月14日。
マルコ・パンターニは死んだ。
イタリア中部:リミニのホテルで、五日間引きこもった後、独りで床に倒れているのを発見された。34歳。ロードレーサーとしてはまだ十分走れただろう。
コカインによる中毒死と発表されたが、未だにその死因に懐疑を持つ人々もいる。

海賊と呼ばれた天才クライマーの生涯は、最後まで伝説に彩られたものであった。

ラルプ・デュエズの最短登坂記録は37分35秒。1997年ツール・ド・フランスでの記録だ。
この十二年、マルコ・パンターニの伝説を抜いた者はいない。

・・・・・・
一時間十五分もある映像、しかも汗だくの男たちがぴちぴちの服で、自転車で、ただひたすら山を登る、それだけの映像。
たぶん、万人受けはしないだろう。
けれど同じ映像に、注釈や声が、背景やストーリーがついてしまえば。
その場に居合わせなくとも、さほど興味がなくとも、ほんの少しでも人を感動させられる、記憶に残る、伝えられるだけの『面白さ』が生まれる。
パンターニって、クライマーって、ロードレースってまじかっこいいんだぜ、と、これだけのことを伝えることができる。
逆に言えば、人の手が入らなければ、これだけのことも伝えられない。
編集やキャプションの効果を思い知った作品だった。
ドキュメンタリー映画「パンターニ ~海賊と呼ばれたサイクリスト~」、切実に円盤化を希望する。

【参考】
・ドキュメンタリー映画「パンターニ ~海賊と呼ばれたサイクリスト~ 」ジェイムス・エルスキン(2014)
公式サイト http://pantani.euro-p.info/index.html 
(栃木・静岡・大阪で順次公開中)
・サイクリスト サンスポ「マルコ・パンターニの急逝から10年」マルコ・ファヴァロ
http://cyclist.sanspo.com/120044 2014.2.14
・youtube「ツール・ド・フランス1997 第13ステージ」

ところで彼は結局、ドーピングに手を出していたのだろうか。
1998年採取された検体から、再検査結果が2013年に発表されている。
・サイクリスト サンスポ「パンターニ、ウルリッヒの尿から」
http://cyclist.sanspo.com/85022 2013.7.24

「私だけを悪者にしようとしている」
掻き集められた映像の中で、彼は一度も否定はしていないのだ。

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