人間見てくれが一番大事/春課題③/mdegonth

mdegonthです。
最近は納豆をおかずに豆腐をつつく生活です。
皆様はいかがおすごしですか。

本日、後輩の新勧公演の稽古の合間、ビラ配りを手伝ってきたのですが、新入生ってあどけないですね。一目で簡単に判別ついてしまうものです。
僕もあんな時代あったなあ、ということを思い出しつつ、「あれそういえば去年の学科交の日、校内を歩いていたら新勧のビラ間違えて渡されたし、なんならアメフトの人に勧誘受けたな」ということを思い出しつつ、未だイモイモしい僕は1人勝手に落胆して、本題に入ります。

先日、桜木町にある青少年センターという場所で、第十三回神奈川演劇博覧会というイベントがありまして、実は僕も脚本・演出という形で参加してまいりました。

「神奈川演劇博覧会」は神奈川県演劇連盟を主催として、今回で13年目を迎えるイベントであり、複数の団体(今回は11団体)が50分間の芝居を上演×2、それが3日間か4日間かかけて1日3団体もしくは4団体が上演し、さらに出入りが自由で、ああ、もう説明下手故にこの辺で概要は投げ出そうと思います。あ、入場無料でした。

コピーには「あなたの知らない演劇がある」、と。僕は普段コメディー集団の公演にしか足を運ばないので「まあ、そりゃあるやろな」と思いながらも全団体拝見させていただきました。

蓋を開けてみると、コメディーを上演した劇団が多数。とはいえ、僕らみたいにドタバタナンセンスパワーシュールシンギングミステリー一発芸ノスタルジックコメディ(訳:詰め込み過ぎのコメディ)をしている劇団は無く、というよりもコメディという大枠で囲ってしまえばそれまでなんですが(当然の事を言いますが)それぞれの劇団がそれぞれの色の芝居を披露しておりました。

さて、「インプット」ですよね。インプット。

その演劇博覧会で僕はついにお初に生でお目にかかりました。
「パントマイム」です。
噂にはきいておりましたが、まさか本当に一言も喋らないとは。

今回拝見しました、郷まいむシアター様。
50分で3作品、一人で物語を紡ぐお話もあれば、言葉を発さずに複数人で会話するお話もあり、それぞれを見ての僕の感想は「ああ、この人たち、生きてる」でした。

稽古場などでよく、「芝居上の嘘」という言葉を聞きます。
「演劇は前提として嘘である」と。演出家さんがふざけて「だから君たち(役者)は嘘つきなんだ」と続くこともあります。
そしてその話は「ただ、それ以外は本当が良いね」と締められます。

「舞台上は、嘘の世界であるけども出来る限りその人間として生きたい」と思いながら役者をするときの僕は考えています。
その時に重要なことは「キャッチボール」なんです。
「言葉の」ではありません。もっと広い範囲で「アクションの」なんです。
言葉のやりとりばかりを気にしがちですが、僕はもっと身体に出る素直な反応・リアクションのキャッチボールこそ演技において重要だと考えています。

それはなぜか?些細なアクションが抜け落ちた芝居は途端に嘘になるからです。

それはなぜか?お客さんにとって不自然に見えるものになるからです。

それはなぜか?人は見た目が9割だからです。

横浜国大の先輩、竹内一郎さんの著書「人は見た目が9割」には、「言葉としての投げかけた情報は7%しか伝わらず、残りの93%はその他の要素により伝わる」(すみませんうろ覚えで引用しております)と書かれています。

つまり、パントマイムがパントマイムとして物語を紡げてしまえるのはたった7%のハンデしか背負っていないからなのです。へえ~。
その93%さえ大事にしていれば、舞台上になんと生きられてしまうのです。

逆に。言葉のやりとりだけを重要視してしまうと、その芝居は7%の完成度でしかないのですね(演出にもよるので一概にどうとかは決して言えないのだが)。
この点、もっと突っ込めばいろいろな分析が可能でしょうが、僕がパントマイムを見ていたとき、見た後の頭の中に詰まっていたものをひけらかしてみるとこんな感じでした。

さて、次回は「ダンス・ダンス・ダンス」。
「東京と音楽」・・・?なんのことやら。

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