虚構に現実/春課題4/温帯魚

偉人の伝説というものは時代を超えなにか人を引き付けるものがあります。例えば、ナポレオンの睡眠時間やアインシュタインの舌を出した写真に対する逸話、織田信長の父の葬儀の行動など。彼らの勤勉や奇行は成し遂げた者と成し遂げられなかった者たちの理由となり、感動や畏怖と共に我々に何かしらの(しかし恐らく我々に一生縁のない)啓示を与えるものでもあります。
その根拠は以下の通り。彼らは成功し、それゆえ間違っていなかった。なんと純粋なロジック!

さて、たまにはいわゆる名作を読もうと思い立ち、サマセット・モームの「月と六ペンス」を読みました。チャールズ・ストリックランドという名の天才画家の生涯を、彼と奇妙な友情関係に結ばれた主人公が描きだすという伝記小説です。機知にとんだ会話やパリやロンドン、タヒチと言った舞台となった場所の表現、そして何より芸術や愛に対する深い考察が読者を物語に没頭させます。
この物語の象徴的なシーンを挙げるとするならば、粗忽で反社会的だがどこか原始的な魅力を持つストリックランドと、平凡で頭は悪いが慈愛と確かな審美眼を持つストールヴェ。そしてストールヴェの美しい妻であるブランチをめぐる三角関係でしょう。男と女の関係と美の価値観が絡み合った顛末は、しかし起きるべくして起き、そしてあるべきところに収まったようスッと理解できます。このシーンの最後に、ストールヴェがストリックランドの絵を称賛し、その話を聞いた主人公が初めてストリックランドの絵を見るというエピソードが入るのですが、恐らく作者が最も書きたかったところはここになるでしょう。価値の不安定さとでも言いましょうか、全体と個人の貢献など様々なことが考察できます。

文章の中で作者はストックランドを描くバランスにかなり注意したのでしょう。実際に字の文でもストリックランドの生涯は世間一般が思い浮かべる天才のそれではなかったと明言しています。我々の中にも偉人の片鱗がある、ということは信じがたいですが、しかし隣人に偉人がいるかもしれない、というのはなんだかんだ真でしょう。主人公のように、その偉人に影響を及ぼすように生きれれば、と結論にさせていただきましょう。

さて、文章では絵を見ることはできませんが、しかしストリックランドがゴーギャンを基に書かれていると知るとまた感じることも変わりました。現金と見るべきか、当然というべきか。皆さんはどう思われますでしょうか。

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