おれのやつ/オレの文章/JBoy

とにかく論理性、これに尽きる。

と、少し前の自分は思っていた。なぜかと問われれば、そうしないとテストでいい点は取れないからである。もはやある種の職業病とでもいうべきか、「点数のとれる書き方」的な、平たく言えば優等生っぽい文章というかなんというか…。こうした感想は今だから言えるものであるが、当時はそれが当たり前だったし、それが正しいのだと信じて疑わなかった。

一方で採点する大人たちに阿り、彼らの期待する書き方を模索し、何度も書き直しをしながら作り上げてきたこのような文章の書き方に一番辟易していたのも自分であった。

 

そんな中ですったもんだの末、大学に入るといきなり滅多打ち(笑)。人文基礎論でもそうだし、清田基礎演でもそう。ここでプライドの高い人だったら、なにくそと思って芯を貫き通していくのであろうが、そんなプライドなぞはとうに捨て去っていた自分は、まぁとりあえず先輩や先生の言うことに従ってみるのも面白いかもしれない、と思って文章を書いていく。論理性が大事なのは言うまでもないが、ここではあえて直観を大事にして、支離滅裂な、文章にもなっていないようなものを大事に育てていけたらと漠然と思っていた。

 

これが予想に反し難儀なことであり、全然筆が進まない!

以前までのがちがちの論理的な頭の使い方は、イメージとしてはパズルのピースが転がっていてそれらを並べ替えていく感じであったのだが、新しい頭の使い方はパズルのピースから作り始めるようなイメージ。どちらかといえば文章術の転換というよりは、思考回路そのものの作り替えに近いが、考える頭とそこから紡ぎだされる文章は密接に関係していることは理解できよう。

 

いずれにせよ個人的な見解としては、後者のやり方のほうが文章を書く喜びはある。何もないところから始めて、暗闇の中を手探りで進んでいくような冒険的楽しさがそこにはある。ただし、注意しなければいけないのは自分の世界だけで完結してはいけないということ。

話が膨らむような部分を盛り込むことができたかということに、より重きを置くように取り組んでいる。それが批判であれ称賛であれ話のタネになったら、一定の役割を果たすことができたかなとは思う。

 

 

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