凡人の遠吠え/オレの文章/三水

文章の先には人がいる。

私は『断る』要領がよくない。
相手の要求や勧誘に「NO」と言うのがとても苦手だ。
苦手なりに精々頑張って言い訳や断り文句を探すのだが、普段それなりに調子よく回ってくれる舌が仕事をしない。
結果、ものすごく不器用にぶった切るか、満面の笑顔で引き受けることになる。
どれだけ後が面倒だとわかっていても、その『断る』一瞬の労力よりも要請を片付けてしまうほうが楽に思えてしまうのだ。
もちろん裏面には「しょうがないなあもう♪」的な自己満足というか、自己犠牲の陶酔がある。
(我が家の女は何故か皆こういう『貢ぐ』資質を持っている)
自分の出来不出来はこの歳にもなればさすがになんとなく把握していて、まず一応、一般的な処理能力は有していると思う。ので、往々にして「もういいオレがやる!」という誰も得しない猛進に陥ることもある。
不毛である。ただ一言、「断る」と、「知らん」と言えばいいはずなのに。

これではいかんと思い、長じて後はそういった出しゃばりは控えようと努めてきた。
だが次いでうまれたのは、頭でっかちな個人主義と、「断らず引き受けない」最悪のスタンス。
相手の領分を侵さぬよう線引いた安全圏から下す『命令』を、『お願い』に見せる文章だけが練られていく。
「~~~したほうがよいのではないでしょうか?」
「~~と思います。ご検討ください」
「提案なのですが、~~~してはいかがでしょうか?」
ただの嫌な女である。コイツとは絶対仕事したくない。
でもだめなのだ。自分に触れあった案件や人が気になって仕方がないし、触れたものは出来得る限り完璧にしたい。

『お仕事』はともかく、プライベートでの『断る』もまた、難しい。
「今度また飯でもいかんー?(^▽^)/」
「エステ興味ない?紹介するよー」
何気ない誘いにうろたえてしまう。
間違いなく自意識過剰だ。適当に合わせておけば相手はすぐ忘れてくれることはわかっている。
心に吹き荒れる「めんどくさい」の嵐のままに、「ごめん無理」と言えばよい。のに!
既読無視どころか、きちんと開くことすらままならない。
忘れたころに既読をつけて無視しよう。とも思うが、表示されっぱなしの数字が気になって仕方ない。
衝動的に、微妙な時期にタップしてしまう。既読をつけたからにはアクションをしなくては。
でも話を進めたくはないし、どういえば一番うまく流れるだろう。
なんかの病気なんじゃないかと思う。このうじうじ病はなんだろう。暇か。暇なの?
こんななんでもないことに本気でいらついたり悩んだりしながら、真剣に文章を推敲する。
どういえば相手は傷つかないのか。
言い換えれば、どういえば自分の評価が傷つかないのか。
私が文章を考えるのは、その一点に依っている。

文章の先には人がいて、私はその人らの目がこわい。
自分に何か人をあっと言わせる才能、文才とか発想とか人柄があるとは思っていない。
けれど今まで築いてきた、「まあそこそこの優等生」という評価を汚すことは許せない。
(たぶん永年の「母の『クリエイト』である」という意識が効いている)
騙しだまし、体裁のよい文字の羅列を算出していく。

でも『無難なよいこ』に、どうしても人に伝えたいモノゴトができてしまった。
自分の評価に拘る文章、他人の目を憚る文章に、誰かを完膚なきまでに『思い知らせる』ことはできない。

仕方がないので、清田スタジオに入った。
どうぞ存分、罵って、殴って、「テメーの文章なんざ何の価値も伝わってこねぇんだよバーカ死ね」と私を殺してください。
そこから這い上がる度に、私の文章は磨かれます。
研いで、研いで、いつか殺す。
ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

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