マリオネット/嘘/JBoy

2016年3月24日付の週刊文集に持ち上げられた、「ショーンKの嘘」という見出し。

 

さわやかで端正なルックスと、低く野太い渋い声や軽快な語り口などから、視聴者受けもよく、様々な番組に呼ばれる人気コメンテーターであった。また特徴的な声を生かして、intel等の有名なCMのボイスを担当したり、自身のラジオ番組を持つなどますますメディア進出の進む中で起こった今回の騒動は、いかにして起こったのであろうか。

 

まず驚くべきは、2016年に入ってから芸能界、その他政治界などを沸かすほどの大型事件を次々に暴いてきた週刊文集の情報力だ。経済的な裏側は、雑誌業界の衰退と春秋自身の経営的安定にある。ネット技術の普及で紙媒体の業界全体があおりを受ける中、老舗月刊誌「文芸春秋」などの安定的な収入源から徹底した取材体制を敷くことができる。

 

話を元に戻す。この一連の騒動で一番問題視されているのは、ショーンK氏が自身の学歴を詐称したということである。公式プロフィールには「テンプル大学でBA、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。パリ第一大学パンテオン・ソルボンヌに留学。」とあり、その内容に偽りがあったという。実際には学位取得はおろか、中途退学していたり、一般人にも公開されているセミナースクールを受講したに過ぎないという状況であった。この学歴詐称を発端として、彼の持つ情報や肩書、ひいては外見や出自まで疑惑の目が向けられることとなった。

その一つに本職としている「経営コンサルタント」という肩書にも疑惑が持ち上がった。

だがこれに関しては、医者や弁護士が国家資格を必要とする職業であるのに対し、特別な資格は必要とせず、実際のところは自己申告に近いものであるという。

さらには「鼻を成形したのでは?」、「カツラでは?」といったような声も上がってきて、学歴詐称を契機に芋ずる式に疑惑の念や実際についていた嘘が暴かれる事態となってしまったのである。

 

この一連の報道に対し世間の反応は二分された。「学歴詐称は悪い」という前提の下で、本人の能力があれば問題ないのでは、という声と、メディアへ露出する仕事はその人の学歴を含む経歴も加味したものであり、嘘の学歴で舞い込んだ仕事は当然降板すべきという声だ。

擁護派の多くの人たちが述べるのは、日本という社会がそうあるべきであると望んだ結果であるとの主張である。学歴、ハーフ、そういった外向きのラベルをありがたがる世間の価値基準にある種「順応」させられたのでは、と脳科学者の茂木健一郎氏も自身のブログで綴っている。

 

此度の事件を人形劇に例えるならば、いったい演者は誰か。「ショーン・マクアードル川上」が主人公の人形として、自身をよく見せようとした「川上伸一郎」か、それとも経歴を求めた「社会」か…。

参考文献 「ショーンK 経歴詐称の全貌、彼はなぜ偽ったのか?」

編著 時事研究会

発行者 赤井 仁

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「マリオネット/嘘/JBoy」への3件のフィードバック

  1. 確かに『嘘』というテーマで割とタイムリーな話題だとは思う。出来事の要約やレポートを書くことは文章を書く練習などで役に立つであろうから、もしこのテーマに「要約」という形で挑んだというのなら、ここから先は読み飛ばしてもらって構わない。

    もしこれが要約ではなく考察や意見文だとするのなら、あまりに味気なく、まとめの部分に持ってこられた締めもそこまで適切であるとは思えない。これといって真新しさや独特な視線もなく、それでいて既存の説を後押しするだけの説得力があるわけでもない、なんとも味気ない文章を書いたなあという感じが残ってしまい、読み終わった後に「だからどうした」と言いたくなってしまった。人形劇の件も突然で、無理やりとってつけたような不自然な例えに見えてしまう。筆者は本当にこのテーマでこの文章を書きたかったのだろうか。もしさして書きたくなかったけれども書いたとするのなら、これで読者を満足させることのできる文章であると自分は思えているだろうか。その辺りを考えて、自分の意識を掘り返してみると良いと思う。

  2. 最後のまとめ以外は総じて「ワイドショーで見たもの」から逸脱できていないように感じる。既出の知識ばかりであったので読む意味は特にないように思われた。まとめ部分に関しては唐突であり、蛇足では?という印象。しかし、この部分がなければそれこそこの文章がある意味が失われそうであるので、もう少しうまく「人形劇」という表現に説得力を持たせるか、その他のより相応しい表現を考えるかするべきであると思う。

  3. 読みやすい文章ではありましたが、同時にそれは中身のない文章の現れな気がしました。ワイドショーの最初の導入部分かのようなイメージ。筆者がそれに対しどう思うか、という肝心なところがないので初めてだけど既視感(おそらくよくない)を感じてしまいました。

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