いき-ぐるし・い/嘘/五目いなり

息をする度、鼻の奥から、まるでクイズゲームで間違えた時の様な、「ブーッ」と言う音が鳴る。

初めの内は鼻風邪でも引いたのだろうと思っていたけれども、その音がだんだんにひどくなり、ついには周りの人たちにも聞こえ始め、「これはなんだかおかしいのではないか」と思い始めた頃には、皆が気味悪げな表情をしながら遠巻きにこちらを眺めていた。つい先日まで不通に話をしていた友人でさえ、今では近寄ろうとはしてこない。その度に自分に「大丈夫だ、きっと風邪が治ったら鼻も皆元に戻るさ」と言い聞かせてはいるのだが、そうするとまたしても鼻の奥から、出港の汽笛にも似た、「ブーッ」と言う音が鳴る。碌にため息さえ、つけやしない。

病院に行ってもその原因は分からぬままで、耳鼻咽喉科の医者でさえ分厚い眼鏡を押し退けて、鼻に突っ込まれた白くてふわふわした、『如何にも私は無害です』と言いたげなようにすら見える綿棒についた、邪悪な粘液を興味深げに眺めている。「どうやら風邪ではない様ですな」と言う声に落胆しつつ、「はあ」と返事をしかけると、また鼻の奥から、今度は見当違いな時間に鳴ったアラームの様な、「ブーッ」という音が鳴った。

息をする度漏れる音の正体は以前分からぬままではあるが、鼻の奥からその奇妙な「ブーッ」と言う音が鳴る度に、気分はだんだんと落ち込みゆく。それは丁度、鼻に詰まった不愉快な粘液を、体中のありとあらゆる管のなかに流し込んでいくかのような不快さで、その様を頭の中に空想すると、どうにも息が苦しくなった。

呼吸をする度、小さく「ブッ」「ブッ」と間違いを知らせるブザーが鳴るため、息をする度に自らの呼吸と異音に『お前が生きていることが間違いなのだ』と言われている様な気さえする。しかしだからといって呼吸を止めてみると、息が苦しくなった辺りで鼻の奥から、まるで咳止めていた水が流れ出したかのような勢いで、「ブブーッ!」と音が漏れるのだから、どうする事も出来やしない。あまりのうるささに息を止める事も忘れ、少し荒くなった呼吸を整え始めると、鼻の奥の異音はまた普段通りの「ブッ」「ブッ」と言う音に戻った。

目に映るものを眺める時には、また、何か食物を味わう時にしても、漂う音に耳を傾けている時も、必ず鼻の奥からは「ブーッ」という音が鳴る。最早周りの人間もその異音に既に興味を失ったらしく、時折険しい視線を投げかけるだけで、誰も何も言わなくなった。そうすると煩わしいことはない筈なのだが、また気管に粘液が詰まった様な息苦しさと、いつかの歌の様に運ばれていく仲間を見送る豚の鳴き声の様な、困惑した「ブー」と言う音が鳴った。鳴り続けている。

鼻から洩れる不可解な異音は、その後鳴り止むことはなかった。周りの人間からの視線、鼻の奥の不愉快な息苦しさ、そしてその鳴り止むことのない騒音から、無意識に梁にロープを垂らしていた。手に持ったロープを輪の形に結んだらその時初めて一瞬音が切れたが、深呼吸をしてもう一度ロープに手を添えると、途端に「ブーッ!ブーッ!」と、災害を知らせるサイレンの様な音をまきちらす。その異音と共に激しい痛みが鼻の中を突き抜ける。鼻孔の血管が切れていたのか、気が付けば以前音が鳴り続ける鼻からはぼたぼたと赤い粘液が垂れていて、何故だか全ての不幸が終わる様な予感が、した。

すると、どうしたことか鼻の奥から響いていた奇妙な異音はぱったり途絶えた。あとには床にぶちまけられたどろどろとした赤黒い血だまりと、輪の形に結んだ一本のロープだけが、目の前に残っている。鼻から空気を吸ってみると、不愉快の血の匂いが全身を駆け巡り、思わず背筋が粟立ったが、あの奇妙な、まるでクイズゲームで間違いを告げる様な「ブーッ」と言う音は、もう聞こえてはこなかった。

1 vote, average: 5.00 out of 51 vote, average: 5.00 out of 51 vote, average: 5.00 out of 51 vote, average: 5.00 out of 51 vote, average: 5.00 out of 5 (1 投票, 平均点: 5.00,  総合点:5  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「いき-ぐるし・い/嘘/五目いなり」への4件のフィードバック

  1. 一回目読んでどういうことなのかさっぱりわからず、二回目読んでみてやっぱりわからなかった。文章の前提としてわかることを必要としていないからなのかもしれないが、なんというか、あまりにも突飛で不親切な印象を受けてしまった。確かにこのような状況では自殺(という解釈で合っているだろうか…?)もしたくなる気がするがそこまでのびょうしゃも突然すぎる気がする。意図が読めないというか…。

  2. 年中人と比較にならないほどの花粉症に悩まされている自分としては、なんとなくこのやり場のない感情をどこかにぶつけたく思う気持ちはあるので、読んでいてなんだか一人でおかしくなってしまった。別におかしく思う文章ではないけど。
    文章自体は、課題でないと読まないシリーズだなという印象。突飛な展開に頭がついてくる読者ならいいが、多くの読者はそうではないと思う。
    前者を想定してのものなら、全然問題ないのだけれども。

  3. 得体の知れない不安感にさいなまれる気持ちを表現しようとしていると勝手に感じましたが、それにしては「ブーッ」という音が文章中で目立ちすぎていてしかも表記の回数が多いから、キーポイントとしての「ブーッ」への引っ掛かりが薄い気がします。「ブーッ」がなる日常のパートが全体の中で多めにとられているので起承承承転結みたいな感じで少し間延びした印象も感じました。

  4. 得体の知れない不安感にさいなまれる気持ちを表現しようとしていると勝手に感じましたが、それにしては「ブーッ」という音が文章中で目立ちすぎていてしかも表記の回数が多いから、キーポイントとしての「ブーッ」への引っ掛かりが薄い気がします。「ブーッ」がなる日常のパートが全体の中で多めにとられているので起承承承転結みたいな感じで少し間延びした印象も感じました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。