海岸線の北/嘘/θn

「できるだけ北のほうがいいよ」

 机に伏せたまま聞いたその声は、少しだけ泣いているようだった。
「なんで」
焦って顔をあげると真帆はいい笑顔をこちらに向けている。
拍子抜けするより先に、ああ綺麗だなって思った。
「ほら、海が見たい人は南に行くって決まってるから」
そんな私を知ってか知らずかあっけらかんと根拠のないことを言ってのける真帆。何も特別じゃない、いつも通りの放課後だった。

 海を見たいと呟いたのは私の方で。別に本気で行きたいわけじゃなかったけど、「高校生最後のゴールデンウィーク」を謳歌したい真帆にとってその言葉は降って湧いたチャンスだったらしい。

「あ、ここどう?大須賀海岸」
細い指に撫でられていたスマホの画面が不意に私の方を向いた。
「青森県……!?遠いわ!」
「あれ、遠いとこに行きたいのかと思ってた」
私のことは全て知っているとでも言うような口ぶりに息を呑む。
勝手で、それでも核心をついた言葉。私は無意味に日本史の教科書のページをめくった。心臓はどこどこ音を立てている。

 真帆は美人だ。多分学年で一番。
そんな子とここまで仲良くなれたのは高校生活最大の幸運で、同時に私の高校生活はほとんど真帆のものだった。

 私たちは二人とも男子という存在が得意じゃない。
真帆はモテるゆえの苦労のせい。私はマンガやゲームに出てくる美少年たちとのギャップに耐えられないから。理由は全く違うけど、着地点は同じなんだからしょうがない。

ほら、女子って嫌悪を共有した関係の方がずっと強いから。

「香澄が男だったら絶対付き合ってたのに」
「私が男だったら、真帆とは話せてないね」
「なんで」
「緊張しちゃうよ。真帆可愛いから」

 テキトー言うなよって爆笑されたけど、私は本気だ。
女のままがいい。真帆の一番であればいい。たとえ、名前の無いものでも。

「あのね、森内に告白されたんだ」

 結局青森の方まで行くお金も元気もなくて、近場の海、鎌倉に来たわけだけど。人の多い砂浜で、秘密を打ち明けられるように告げられて、最初何が起きたのかわからなかった。

森内。隣のクラスの男子。運動ができて勉強もできて、それなのに彼女をつくらないからいつだって女子に狙われてる、そんな奴だ。
真帆がもう少し足が長くて、もう少し色が白ければ私が好きなキャラクターに似てるって、話題に出したことがある。
それもう別人じゃねって言って斬り捨てさせてもらったけど。

真帆は男が好きじゃない。彼氏なんてつくらない。
確固たる自信があって、その自信の上に私は立っていた。

森内の話をしていた真帆の目を思い出す。そこに嫌悪はあったか?いつもの真帆と同じだったか?

背中に変な汗が伝うのを感じる。告白の内容とか状況とか、全く頭に入ってこない。

「……どうするの?」
「わからない。でも、何も考えずに断っちゃうのは可哀想だから」

好きにしなよとか言ってみたけど、ちゃんと表情をつくれているのかわからなかった。そんなこと言うの初めてだね。誰に告白されたって私がいればそれでいいって言ってたの、覚えてるのに。

「もしかして、そのこと話すために今日海に来たんじゃないよね?」
なんて、言えるわけない。あまりに酷いセリフを必死に飲み込んだ。

 手を取り合って、混んだ駅の中を歩く。帰るのにも一苦労だ。
こういうとき、前を行くのは必ず私の方。
不意に、反対方向の電車に乗ってしまおうかと衝動がこみあげた。
どうせ最寄り駅に着いたって、私の立っていた場所は帰ってこないんだから。

そうだね。次があるなら、ずっと遠く、できれば北の方がいい。

男の子だったら、遠い北へあんたをさらえたのかな。それがもし口実になるならなんて、決して言わない。言わないよ。

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「海岸線の北/嘘/θn」への3件のフィードバック

  1. 綺麗なガラスにヒビが入ったような物語で、光が当たって日々の部分がいやに眩しく見える感じがする。物語として全体の雰囲気も統一されている上、文章にこれといった問題もないので読みやすい。
    しかしその分、なんというのだろうか、このような暗さや危うさを伴った物語というのは自分の読書遍歴のせいやもしれないが、どうにもありがちで食傷気味な風に捉えられてしまいそうだなとも思ってしまう。せっかくの美しい物語であるのに美しいが故に偽物らしく、筆者が持っているかもしれない熱く煮えたぎる熱情や叫び声は、読者には---少なくとも私には届かなかった。どうすればいいのかと聞かれてもわからないのだが、もっとあやふやでどうしようもなく、綺麗であるはずなのに汚く見えてし舞う部分や、汚れているはずなのに輝いて見える部分とか、そういうところにも着目してみると、表現や展開に幅が出るのかもしれない。

  2. 会話も織り交ぜながら、独白調の文体が所々にあって書き方としては面白く勉強になりました。

    完全な偏見なのだけど、短編集の中の一つ感をとても強く感じました。なんというか、短編集の中でも一番には来ない感じというか。
    それがいいかどうかは作者さんの感じ方次第になるのですが、インパクトを残すならば、今の綺麗な上澄み液みたいな雰囲気を残しつつ、ちょっとブラックなところとかが入ると面白いと思います。

  3. 読み物としては問題なく読み進められました。最初と最後の北のエピソードのつながりがもっと欲しかった…というと無駄な伏線を希望しているように聞こえてしまいますが。
    ストーリーがありのままで純粋で綺麗な分、何か他の所で捻りを加えたらもっと「お?」と思わせるものになると思います。ストーリーとして今のオリジナリティを尊重したいのなら、その描き方とか構成とか。

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