好きだからこそ、だけど。/どうなの?/峠野颯太

「久しぶりね、何年ぶり?」
「えっ、もうそんなに会ってないっけ」
中学校以来の親友である美羽から、久しぶりにお茶でもしないか、と誘いがあり、街中に最近できたばかりのカフェで会うことになった。前日に買った靴とカーディガンをおろし、お気に入りのグロスで唇を飾る。
すっかり季節は春だ。桜は散ってしまったが、木々の葉っぱが青々として、空とのコントラストが眩しい。
予定時間よりも早く着いたので、角のソファ席を選び、美羽の到着を待った。美羽は30分後に私の向かいに座った。

「同窓会ぶりでしょ、だから半年は会ってないわよ」
「あれ、そうだっけ。全然そんな感じしない」
あっつーい、と美羽がぱたぱた手で顔を仰ぎ始めた時、黒いエプロンをつけた女性の店員が水を持ってきて、注文を尋ねた。
「ケーキセット1つ。飲み物はアイスコーヒーでお願いします」
「えーっと、じゃあ私もそれで」
かしこまりました、と店員が去る。それと同時に美羽がテーブルの上の水を口に運んだ。
「あんた本当に変わってないわね」
「えーっ、何それ」
ぷくーっと頬を膨らませ、斜め下を向く。だが、数秒後目をキラキラと輝かせ、今度は私をじっと見つめる。
「そのグロスすっごくいい!似合ってる!」
「ありがとう。これ好きなの」
「カーディガンも可愛い。それ新しいやつでしょ?この前店で見たもん。やっぱり可愛いなあ、あたしも買おうかなあ」
「いいんじゃない?美羽ならこの水色よりピンクかオレンジってイメージだけど」
「よし!給料日明後日だから、来週の休みにでも買いに行く!」
私とお揃いね、と言おうとした瞬間、先ほどの店員がお待たせしましたと2つのケーキセットを持ってきた。

「美味しそ〜!」
皿に乗せられた抹茶のシフォンケーキとチョコブラウニーに、美羽はすっかり釘付けになっていた。
「ここのケーキが美味しいって、この前会社の人が言っててね。一度来たいと思ってたの」
へえ、と言いながら美羽はフォークでちょいちょいとブラウニーに乗っているミントを皿の端に避ける。そして、さくっとフォークでブラウニーを切り、そのまま口に運んだ。手を頬に当てながら、
「ん〜!美味しい!」
とご満悦に言う。
本当に、昔と変わらない。その一連を見てから、ようやく私もブラウニーを食べる。
「ほんとだ、美味しい」
流石に美羽のようなリアクションはとれないが、それでも十分に頬のあたりが緩むのが分かった。

「そういえば、今日はどうしたの?美羽が私を誘う時って、大抵何かある時じゃない」
美羽のフォークを運ぶ手が止まる。ほんの一瞬だったが、私は見逃さなかった。
「いや、別に今回はそういうわけじゃなくて、久しぶりに会いたくなったから、ただ誘ったんだよ」
「本当に?何もないならいいんだけど」
「うん」
店内のBGMが響く。洋楽のジャズアレンジだ。なんだかやけに喉が乾き、ケーキがまだ半分残っているのに、すっかりアイスコーヒーを飲み干してしまった。目の前の美羽は、アイスコーヒーとケーキを交互に口に入れている。
美羽のケーキが半分ほど減ったくらいに、私はあることに気付いた。

「あれ、美羽。そのネックレス」
「あ、これ?貰ったんだ」
誰に、とその続きは聞かなかった。だって、私はその送り主を知っている。
「可愛いわね」
いや。私なら、私だったなら、美羽にもっと似合うネックレスを選べるのに。
心にもないことを言ったからだろうか、喉のあたりで息が詰まった。
美羽は笑顔でありがとう、と言ったと思いきや、すぐに表情が曇り、フォークを皿の上に置いた。そして、まるで壊れたスピーカーのように、途切れ途切れに言葉を発し始めた。
「あのさ、凛。実は、さ」
カラン、と音を立てて机の上の水が溶け、水面に写る自分の顔が歪んだ。私はそのままグラスの中の水を一気に流し入れる。それでも、ひんやりと感じさせるだけで、喉に詰まった骨のようなものはとれなかった。美羽も私につられたかのようにアイスコーヒーを飲み、はあ、と深い息を吐いて、一気に言った。

「私ね、結婚するの」

私の聞き間違いであって欲しかった。
スピーカーが壊れているのだ、と思いたかった。
「ほら、2年前から付き合ってるって言ってた人。すごくいい人でね……」
思い…たかった。

もはや、私の頭は理解を放棄する。美羽の穏やかな声が、ただの音として私の中を通過していく。ただ、一言「結婚」という言葉だけが、脳漿を振動させていた。

誰と結婚するか、なんて知っている。そのセンスの悪いネックレスを選んだ人。髪の隙間からたまに見える小さなイヤリング、靴も、ネイルも、全部全部そいつの仕立てたものだ。
そんな、美羽に似合うものすらわからない奴とどうして結婚するのだろう。美羽の何も知らないくせに。美羽がどんな時に泣いて、美羽がどんな時に笑うのか。美羽が好きなものだって、嫌いなものだって。
美羽のこと、私は全部知ってるのに。

「凛?どうしたの、怖い顔して」
震えていた私の頭の中をぴたりと止めたのは、美羽の私の名を呼ぶ声だった。
「えっ、私怖い顔してた?ごめんごめん」
してたよーっ、と言いながら美羽はアイスコーヒーを口に含む。

結婚したら、私の知らない彼女が生まれていくのだろうか。10年間、私だけが知っていた彼女が、私だけのものでなくなって、彼だけの彼女が増えていくのだろうか。目の前のこの笑顔も、もう私だけのものじゃなくなってしまうのか。
そう思うと、どう自分を鞭で打っても、心から祝うことなんてできなかった。喉に詰まっている何かが、どんどん大きくなるのがわかる。

今の私には、ただの音として、
「美羽、結婚おめでとう」
ということが精一杯だった。

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「好きだからこそ、だけど。/どうなの?/峠野颯太」への3件のフィードバック

  1. このままヤンデレルートにでも突入しそうですね。このまま美羽ちゃんへの思いと自己嫌悪とで板挟みになるのも好きです。解決はしていませんけれど。
    ここまでの展開はありがちではありますから、本当に文字数!という感じですね。物足りないです。美味しそうな匂いだけ嗅がされて待てをされている気分です。よくエッセイは読みますが、小説文も自然に流れていて、読みにくさや分かりにくさを特に感じずに読み切れました。ただ読みやすいだけにうっかり読み流してしまいそうな怖さはあります。美味しそうではあるのですが。

  2. いいところで、という気分です。文字数の問題もあるのかもしれませんがオチが弱く思います。話の流れも良く、読みやすいのですがそれだけに後に残らない感じがあります。もっと予想外のオチでも良かったのではないでしょうか。

  3. 内容的には始めから終わりまでが一貫していて、すらすらと読み込めました。
    ただ文章全体が平坦だなと思いました。起伏というか、いまいち盛り上がりに欠けるような印象が残りました。さらーっと流すところと、引っかかるところのメリハリをつけると読みごたえも出てくるのではないでしょうか。

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