懺悔る/どうなの?/温帯魚

「どうなの?」と問われたとして、最近の私はこう答える。折り合いである。
大体において、正解を探すことは頭が悪い。昼飯に生魚を食べたくなっても財布の中身は変わらない。夜早くに寝たって朝起きてすぐ動こうとは思わない。変わろうとして変われるのならば、なんて。まあつまり世の中は知らないこととどうにもならない事で溢れている。学食は不味いし朝は嫌いだし金はないしまず家から出なければならない。
だから今の自分に必要なのは、折り合い。できるかどうかは別として。

はたしてはたして、たまには自分語りなるものをしてみようと思い、文章を書こうとしてみた。
が、てんで駄目だ。手前いわゆる半ニートというものでござんす、なんて書いて続きが思い浮かばない。いやホントに書くことがない。文才がないのも悲しいが自分自身の認識が「半ニート」だけというのもなかなか悲しい。しかし講義に出ず家でダラダラする大学生は「半ニート」一言で片がつく。一応コミュ障だが、しかし恐らくその意も「半ニート」という言葉に含まれている。もちろん駄目な大学生なんて大体半ニートだなんて一応反論もしてみるが、なんとやつらはアルバイトをしていたりするのだ。私は一度もしたことがない。もし釈明するとするなら、自分はアルバイトというものに「この門をくぐるとき一切の希望を捨てよ」と刻まれているように思えるのだ。なので始められない。ビビりなのだ。そして書いて気づく。理由になっていない。
吾輩は半ニートである。ともすれば人間なだけ猫よりたちが悪い。

そもそも私は夜にしかテンションが上がらない。昼間はずっと不機嫌で、ならばその上に嫌なコトなどしようと思えない。故に二限の時間になっても家で横になり続け、大学に来ても講義をさぼり図書館で映画を見、帰るまで誰とも話さない。漸く日が落ちて頭が働きだしても、つまり頑張ろうと思えど時間的に明日からしか頑張りようがなくない。もちろん朝にはそんなこと忘れる。明日やろうは馬鹿野郎とは誰が言ったか知らないが、ならば私は生粋のソレである。

そして思うことが冒頭である。そろそろ私も折り合いをつけなければいけない。というより折れなければならない。業腹なことではあるが、私の考える世間というやつは折れてくれないのだ。ずるいずるい。
朝起き、講義に向かい、課題をし、人と話し、汗水たらし働き、将来を考える。ああ、まっぴらごめんだ。そんなことして何になる。
まっぴらごめんだが、しかし私は生きなければいけない。それだけが問題で、それだから問題なのだ。折り合え、自分。残念ながらお前は馬鹿だ。

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「懺悔る/どうなの?/温帯魚」への2件のフィードバック

  1. 最近テーマに対して「なんて書けばいいのかわからない」から始まる平凡な語りが多い気がする。結局最後に行きつくところは特にこのテーマじゃなくてもよかったんじゃないか、とか、テーマとどう繋がってるんだろうと思うようなものばかりなのだが、テーマに固執しているのは私だけなのでしょうか。

  2. 折り合いは必要だと思いますが、講義に出たり就職したりして生きていくのならたまには折り合いのつかないことがあっても良いのではないかと思います。全体のぐだっとした感じが読んでいて面白かったです。

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