新しいiPhoneは写真が動く/どうなの?/猫背脱却物語

「新しいiPhoneは写真が動くんですよ!」
 という話を聞いた時に「どうなの?」が口をついてでてきた。このどうなの?は期待のハードルを見るからに越えなさそうな時の、ホントに面白いですかそうは思わないですけど、が乗っかった「どうなの?」。姑が新しく家に入ってくる嫁に対して「どうなのかしらね、あの娘?と吟味するニュアンスのそれに近い。あとに「まぁ、お手並み拝見ね」とか続きそうだ。

 写真が動くとはなんぞや?映像とは違うのかそれ?そもそも写真とは瞬間を切り取るものである。映像は時間を切り取るものである。両者の違いは記録に残す時間のスパンの違いのみにあらず。どちらが優れているというわけでもないはずで、写真と映像それぞれの良さがあるわけだ。それらが混ざるなんてそもそもよく分からないし、無理矢理混ぜたところでイコール最強なモノが出来上がるわけなかろう。カレーとラーメンを混ぜたってカレーラーメンが最強の国民食になるはずがないのだ。と、私の考えられるあらゆる「面白くなさそう」の理屈が「どうなの?」に乗っかっていった。

 そんな折に以前のスマホが壊れ、この機能がついたiPhoneを手にいれる運びとなった。実際に使ってみると、写真が動くというのは「カメラのシャッター前後合わせて3秒が動画として残る」ということだった。

あちゃ、してやられた。ちょっと楽しいかもしれない、これ。

形式としては写真として残りそれを開くと撮る前撮った後の映像が表示される。静止している瞬間とも、長回しの記録とも違った。写真を開く度に、「写真に撮ろうと思ったあの日あの時」として、撮ってると意識されない場面の映像が現れてくるのがミソである。撮ってる側の私の声、被写体である友達の、写真の表情になるまでのちょっとした照れとか笑いとか。背景に写っている人も動いている。撮った場所もわずかな手ブレで動いており、それはその瞬間を写真に収めようとする私の気持ちの高ぶりを思い出させる。

キュビズムには「見ている側の視線や見られている対象はわずかに絶え間なく動いてるのに、それが全てぴしゃりと止まったように一枚絵で表現されるのは如何なものか」という主張があるらしいが、それを彷彿とさせた。

その時目にしていた、動いていた原風景を記録媒体だけで表現するのには、この写真と映像の組み合わせ方はうってつけである。混ぜるというほど混ぜる事なく、それでも一緒になているという事が至極重要なのだ。カレーとラーメンはなにも混ぜないでも、セットで頼んで三角食べすればしっかり美味しいのである。

 「どうなの?」と思っていたモノにしてやられてしまった。でも、こんなのってよく考えたら初めてではない。お酒に関していえばああはなりたくないと思って見ていたほろ酔い野郎に自分がなっているし、妖怪ウォッチだって子供っぽいと思ってたのにそれを逆手にとられ可愛さに魅了されて、ぬいぐるみを買った。

 よく考えたら、姑の「お手並み拝見ね」が続きそうな感じあたり「どうなの?」にはちょっとした期待というか、ハードルを飛び越える瞬間まで見守ってあげる優しさみたいなものがありそうだ。お手並み拝見して「あら、意外とやるじゃない」と微笑むところまでワンセット。どうやら「どうなの?」と言った時にはそう言っておいて、後で良い意味で裏切られるところまで含めて楽しむ事が織り込み済みであることがあるらしい。

 「どうなの?」体験で良い気分になった私は、写真と映像が絶妙に一つになったこの素敵な思い出媒体をしっかり残すべくPCにバックアップを取る事にした。ケーブルでiPhoneとつなぐ。わくわく。これから思い出たくさん残そうかなー、と柄にもなくポジティブだった。

 PC上には、ただ無機質な画像と3秒の動画に隔絶され分けられた二つのファイルが保存された。それを見た時にあっさりと出た「どうなの?」には、何の期待も込められておらず冷めきっていた。

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「新しいiPhoneは写真が動く/どうなの?/猫背脱却物語」への3件のフィードバック

  1. お題であるどうなの?も違和感なく取り込み、オチまでついているという完成度の高い文章だと感じた。また挙げられている例が非常にわかりやすく理解に苦しむことなく最後まで読み進められたように思える。

  2. 言葉選びの柔らかさや筆者の感情表現が、なんというのだろう、柔和な雰囲気を持ちつつ独自の観点から書かれた文章というのか、根の優しい文章を読んでいる気分になってとても心地が良い。こういう前を向いた温かみのある文章を読んでいるとなんか涙が出そうになるのは私だけだろうか。しかしその分オチの部分が妙に冷めていたたため、もう少しこの暖かい雰囲気を残しつつ落胆した様子を描いてくれれば、こちらも最後まで夢を見れるなあと思うところもある。個人的には姑の件がとても素敵な例えでとても好きです。

  3. わたしも、なんだこの機能って思ってたからタイムリーで良い。すっきり文章がまとまっていて、読みやすかったし、機械のことだけど苦じゃなかった。
    ただ、この題材なら、もっと短文のほうがみんな読んでくれそうだなと思う。

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