あたしの物差し見ませんでしたか/距離/仄塵

「はいはい、距離ね」と今回のテーマがわかった時、心の中でこうつぶやいた。

どうせ物理的距離とまるで空気を測っている「心の距離」があって、そして私は当然難しそうな後者を選び書くだろうと思った。

そしてふと顔を上げ、私とデスクの上にあるスタンドライトの距離は何センチだろうと思った。それは困った。なぜならどこからどこまで測ればいいか分からないから。力学でこの問題を扱う時は、すべての物を一つの点として見なしている。不規則な形をしているものの場合は、その重心を求め、物体すべての重量がこの一点に集中していると仮定し、問題を解けなかればならない。

 

いや、そんなわけないじゃねぇか。元々人は意識も感情もあり、一つの点であるわけない。確かにそうかも知れないが、少なくとも距離や万有引力などの問題を検討する時に、一人の人間は一つの点以上の価値がないと言えるだろう。

では質問ですが、その点はどんな点なの?「点」は一般的に円の形をしているがその直径はいくら?だがもしその点に直径があるならまたそれを代表する点が存在するじゃないの?ほらまたこんな無限ループにハマったじゃないか。

高校時代の理科問題を考えていたらまた面白い問題を思い出した。読者諸君は生物の遺伝病問題を解いた記憶がまた残ってるのかな。系譜が示されていて、遺伝子を組み合わせ、特定の人がある病気にかかる確率を求めるもの。時々おかしい問題は、優性遺伝で病気を持っている両親がせっかく運が良くて健康なお子さんを産んだのに、その人はまた病気のかかっている人と結婚し自分の子供の有病率を自ら高めた。元々病気のある人は4人も5人もの子供が産めること自体が不条理だが。

理科は世界の本質を探求する学問だと言われているが、少なくとも高校までの理科は無知な我らを翻弄していた感じがする。もちろん我らはいい大学に入りたい、人生の勝ち組になりたいという願望の元でなんの躊躇もなくそれらの問題を解いていた。そして一部の人はそれを通じて自分の目標を果たしたから無意味とは言えない。

 

本題に戻るが、物理的距離と実在しない心の距離はどれが難しいのか。もしかしたらより不可解なのは物理の方かも知れないね。そう思ったのはまず3次元における距離の定め方がいまいちわからないことと、その距離自体が意味を持っていなく、いくら頑張ってもそれを短くすることも伸ばすこともできないなどの無力感が挙げられる。一方心の距離の意味を理解するまでは時間がかかるかも知れないが、一旦習得すればそれを自由自在に応用できるし本屋に行けばその扱い方を教えてくれるマニュアルがいくらでも売っている。実際現代人は一定的に保たれている心の距離に精神的安定さを求めている。

 

まだひねくれたことを書いてしまった。ちなみに最近レザー距離計というものがすごく便利なようだが、持っている人たちは普段何に使っているのだろう。

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「あたしの物差し見ませんでしたか/距離/仄塵」への1件のフィードバック

  1. こうした素朴な疑問は、日々型にはまって生活しているうちに失われていくものなので、それを文字に起こしてくれる人が身近にいることはありがたいです。脳内での勝手な段落分け、読点打ちにリソースを割かれたため、内容把握がきっちりと出来ているかはイマイチ不安ですが。この辺りは今後に期待ですし、積極的に助言していくようにしますね。
    また、最初の疑問について。私たち人間の場合、他の事物との距離とは、すなわち目からの距離に等しいのではなのではないかと思います。目はそもそも、眼前のモノのとの距離を測るためにふたつついているのですし、現実を錯覚させるために視覚を制御するというのは創作の中で王道でもあります。目はさらに、心理的要因などによってモノが実際より大きく見えたり小さく見えたりもするので、話題として優秀なように思われます。

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