旅(実在の人物には関係ありません)/距離/なべしま

「見ない顔だね」
そう言ってきたのは珍しい顔をした奴だった。四角い。化粧箱のようだ。太っているわけでもないのにずんぐりとした体型で、着古した揃いのジャケットとパンツとハットを、何となく洒落た着こなしで身につけている。連れの友人は痩身で、紫がかったような黒髪を丁寧に撫でつけている。こちらを見るとニコリと笑った。
「僕は旅人です」
正直に答えると、いつもは皆一様に目を見張り、それはまた大層なことで、などと妙な敬意を示すのだが、奴は面白がった。
「へぇ、どこから来たんだい?」
「ずっと向かうから。ほらあの……」
「あっち?」
「イエどちらかというと」
「ああ、あの辺りだろう。白い服の連中がシマを張ってるところだ」
「はぁ、まさにそれです。あそこじゃ酷い目に遭いました」
「そりゃ大変なこった。世の中神も仏もねえなあ、兄さん」
連れはウンウンと頷きながら、僕らの話に聞き入っている。
「まったくです。奴ら二人がかりで僕を押さえつけて殴りましてね。痛い痛いと言っても、そりゃしつこくて。生きた心地がしませんでした」
「なんだって!兄さんそりゃあ許せねえ話だな。俺を呼んでくれれば加勢したぜ。いや今からでも遅くない。とっちめてやろうか?」
「いや!もう済んだことですし、僕もそれで旅に出たのです」
「兄貴ぃ、さすがに隣町はダメですって。隣町には隣町なりのしきたりっていうのがありましょうや」
僕と連れが両側から諌めると、この兄貴さんも握った拳を下にした。
「そうかい?まあ兄さんがいいなら構わないけどな、何かあったら言えよ?なんてったっけな、昔の人のも言ってたぜ、他人の袖には何とやら、だ」
「袖振り合うのも他生の縁、ですかね」
連れがそう言うと、顔を綻ばせて
「そう!それだ。お前は学あるなぁ」
と、心底嬉しそうに笑った。連れもはにかむように微笑む。

折角だから、と言われて兄貴さんの連れの人の家にお邪魔をして、宿に借りた。連れは料理が得手らしく、カボチャの煮付けをいただいた。兄貴さんの好物らしかった。兄さんのこと助けられなかったからその代わりだ食いな飲みなと宴会のような御馳走を振舞われた。連れに財布を渡して、これで頼むという豪気なことをする。ただし兄貴さんの財布には一枚も入っていなかったようである。連れに聞いた。

「なんだか、随分お世話になりまして」
「兄さんの門出だ、気にすんな。ここからどこか行く当ては?」
「いいえ。落ち着くところを探すまでです」
「大変だな。ここでもいいだろうに」
連れも熱心に、
「たしかに。あなたがよそ者だろうが気にしませんぜ」
と勧めてくれた。
「それでもなんだか僕は、遠くへ行ってみたいのです」
「そうか」
「さようなら」
僕は骨の剥き出しになった気味の悪い、らしい右腕を振り、精一杯の好意を込めた。前の街にいた時にやられたものだ。身に覚えはないが、僕が何かしたのだろうと思う。兄貴さんと連れは心配こそすれど、さして気にも留めなかった。僕としても、まぁ日常生活に少しばかり支障があるくらいだ。

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「旅(実在の人物には関係ありません)/距離/なべしま」への1件のフィードバック

  1. 文章作りが上手い、というか台詞回しがとても自然で頭に違和感なく入ってきます。当の私はと言えば、「セリフ書けない病」を発症しているのでなおさらショックでした。
    構成もいいのですが、これだけでは若干物足りないような気持ちもあります。前日譚を書いてしまうとつまらないので、続きを勝手に期待しておきます。

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