魔法の杖であなたの願いを叶えましょう/距離/ヒロ

 ある日、魔法のステッキを手に入れた。
 それは老人や紳士が持っているようなステッキではなく、日曜の朝に放送している本来は小さな女の子向けなはずのアニメのキャラクターが持っているようなステッキだった。
 何故魔法なのかというとそのステッキにはそれを向けたものとの距離をゼロにする。つまり瞬間移動できる能力が備わっているからだ。ちなみに瞬間移動の能力はステッキの横に付いているスイッチを押して発動する。
 その使い方やその能力は手に入れたときに何故だかわかっていた。

 しかし、そんなステッキを手に入れても私の日常は何も変わることはなかった。
 いつも通り出社し、いつも通りに仕事をし、いつも通りに帰宅する。それだけの日常だった。
「こんなものがあっても宝の持ち腐れだよなぁ」
 こういうものは物語のキャラクターやもっと可愛らしい女の子にもたせるべきじゃないんだろうか。そう思い、私はステッキを見つめてため息を吐いた。
 使おうと思えばこのステッキは金稼ぎなどに応用することもできるのだろう。だが、私にはこんなものを三十路間近の男が持っていることを周りに知られてしまうことが恐ろしい。それでも何故か手放していてはいけない気がして会社にもこっそり持って行ってはいるのだが。たぶん誰にもばれてはいないはずだ。

「なあ、今日飲みにいかないか?」
 いつも通りの仕事が終わった後、同僚が声をかけてきた。私は少し考える素振りをした後に答える。
「……いや、今日は止めておくよ。誘ってくれてありがとう」
「そうか、すまんな。急に誘っちゃって。……その、なんだ、元気出せよ」
 同僚はそう言い残すと他にも誘っていたのか他の同僚と出ていった。
 どうやら私に気を使っていたらしい。おそらく最近の私の様子を見て元気を出させようとして声をかけたのだろう。その心遣いはうれしかったがとても飲みに行くような気分にはなれなかった。
 率直に言って、何をする気もわいてこなかったのだ。
 
 つい数か月前に妻が死んだ。
 火事だった。発火原因はストーブからだった。誰も悪くないただの事故に過ぎなかったのだ。
 その日は少し同僚と飲みに行っていた。燃えている我が家を見て酔いは一瞬で覚めた。だけど、私が家のもとに駆け付けたときにはすでに火の手は回りきっていて、私は火に飛び込もうとして周りの人に押さえつけられ、燃える妻がこちらに手を伸ばすのをただ眺めることしかできなかった。

 いつもの朝に空を眺めた。眩く光る太陽を見てイカロスの話を思い出す。確か蝋の翼を手に入れたイカロスという男が調子に乗って太陽を目指し、途中で太陽の熱で翼が溶けて墜落して死ぬ話だっただろうか。
 イカロスはあの太陽には届かなかったが私はどうだろう。鞄の中にある魔法のステッキを見つめる。このステッキなら太陽のもとまで行けるのではないか、一瞬で苦しむことなく、妻のように身体を燃やして死ねるのではないか。
 私は震える手でステッキを掴み太陽へと向ける。スイッチに指を重ねて気づいた。
「そうか、私は妻と同じように死にたかったのか……」
 そしてスイッチを押し込んだ。

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。