もう一つの身体で/身体/ヒロ

 ビィーー、ビィーーと機能停止の音が狭い部屋の中で響いた。
 僕は目を開けて起き上がり、頭にはめていたトランスシミュレーターを外す。
「今日も楽しかったなー。やっぱり全く違う人間になりきるのも楽しいよ」
 そして僕は今の自分の姿とはとても似つかわしくないもう一つの僕の身体を見つめた。

 十数年前に世界に新たな技術が開発された。それは自分の精神を他のものに移すものだ。
 もともとはVR技術の応用らしい。そのゲーム世界に入ることができる技術が開発されたのはもう三十年ほど前の話だ。だけどゲーム世界でも体を動かすことに違和感が生まれたりすることから髪や目の色を変えるなどの些細な変化しか許可されてはいなかった。実際に違法に元の身体と違うデータで遊び続けて脳に異常が出て、自分の身体を満足に動かせなくなってしまった例もある。
だけどこの精神転移技術は今までの身体と全く違う身体も操ることができるのだ。精神転移で人間そっくりに作られた生体義体に精神を移すことができるのがこの技術のすごいところである。その生体義体にはその人用に調整がされていて、その人に何の異常も与えないようになっているらしい。

僕は今日もトランスシミュレーター、僕の精神を義体に移すための装置を使って町に出かけていた。最近仲が良くなった女の子とデートの約束をしていたのだ。もちろん相手も義体である。義体でも人間の生理反応は再現しているのでもちろんあんなことやこんなこともできるのだ。何でも最近は義体で卒業する人も多いらしい。
待ち合わせの場所に来てみたらもう相手の子は来ていた。「すいません。待たせましたか?」と声をかけながら駆け寄る。
幸いにも気分は悪くしなかったのか笑顔で大丈夫ですよ、と答えてくれた。

その後は普通のデートをした。義体を使っているからといって変わったことはない。自分の妹などの家族の話や最近あったことなどの世間話をしたりしながら色々なところを回っただけだ。
義体の外見は自由に変えることができるので今ではそれよりも性格などの内面が重視されるようになっている。僕も楽しいデートをすることができてなかなか彼女との相性は良さそうだった。

デートも終えて僕はまた自分の本当の身体に戻った。鏡で自分の顔を見るが、義体と比べて不細工でどうしても違和感がある。このままこの姿でいてくだらない人生を過ごすよりも義体の中に入って楽しく過ごすほうがいいんじゃないかという思いが浮かんでくる。
そう思うと止められなかった。もう一度義体に、いや僕の本当の身体に戻って今までの偽物の必要のなくなった身体の首を絞める。
抵抗もなく、それの死はあっという間のことだった。
それでも僕の心は希望で満ち溢れていた。
そう、これから僕の新しい幸せな人生が始まるんだ!

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「もう一つの身体で/身体/ヒロ」への2件のフィードバック

  1. 本体と義体に対する意識がそっくり入れ替わるラストの表現がよかったです。精神転移の説明のあたり、重複が多いように思えるので、調整をすると面白いかも。

  2. 自らの身体との決別というラストに希望を持たせたような感じがアイロニカルでよかったです。個人的には義の体である時の自然さ(自分の本当の身体であると感じる感じ)をもっと見たかったです。

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