満月の狂人/身体/JBoy

彼はワシントンÐ.C.で生まれた。

5歳の時に、父親が亡くなり孤児院に預けられ、そこで幼少期を過ごすことになった。この孤児院では、文字通りの教鞭による指導が行われており、お仕置きとしてきつい鞭打ちが行われていた。彼はこの幼少期に目覚めてしまったのである。尻を鞭でたたかれるたびに、えもいわれぬ興奮を覚えるのだった。彼は唯一鞭打ちを楽しみにする子供であった。

彼の名は、アルバート・ハミルトン・フィッシュ。アメリカ犯罪史上最悪のシリアルキラーである。自供するところでは、実に400以上もの人々を殺害したという。異常な性的倒錯と凄惨な犯行で、1936年に死刑が執行された。

後に著名な精神科医のフレデリック・ワーサム氏は、彼の中にはサディズムとマゾヒズムが極端に同居している、と評している。彼は痛みを快楽に変えることができる能力を身に着けていたのだった。

 

彼の性的倒錯の極めつけは「カニバリズム」、即ち食人である。彼は後に被害者家族に送った手紙には、食人を中国で目の当たりにし、自らも試してみたくなり犯行に及んだのだと語っている。当時は1894年、ちょうど中国では日清戦争の時代で深刻な飢餓に悩まされ、子供が食用として売られていたのだとか。

カニバリズムについては、文化人類学においては、社会的制度的に認められた慣習や風習であり、一般的に飢餓状態や精神異常による食人を含まないとする。これを考えると、中国の例はもちろん飢餓という状況であったのでカニバリズムとは言えず、本題のフィッシュの場合はどうだろうか。1935年に行われた裁判では、弁護に立ったワーサム氏はフィッシュを明らかな精神異常であると断定した。しかし世論の多くは彼の死刑を望み、陪審員も彼を正気であるとして有罪の評決を下した。精神異常ではないという裁判の判決に則るならば、フィッシュの犯行はカニバリズムであったといえる。一方でワーサム氏の評価に則るならば、このフィッシュの行動は一体何なのか。

カニバリズムに限って言うならば、ウィキペディアのカニバリズムのページには、カニバリズムの一分類として「人肉嗜食」という新たな項目を設けて、この事件を取り扱っている。またこれに類する同様の事件をあげる中で、特に性的なフェティシズムに動機づけられたものであると述べている。

動物界ではこの行動は珍しいことではない。有名なところでは、カマキリの雌は交尾した直後に雄を食ってしまうのだという。自然界における共食いは餌の不足や、同種個体を殺すことによる自然淘汰の考え方に大別されるが、人間に近しい例として野生のチンパンジーも共食いをする霊長類であり、なぜ共食いをするのかについてはいまだによく解明されていない。

様々な視点でカニバリズム、食人を見てきたが、おそらく大半の人が気持ち悪いという感想を抱くと思う。しかしこのテーマについて考えるとき、なぜ気持ち悪いという感情が先行してしまうのだろうか。

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「満月の狂人/身体/JBoy」への3件のフィードバック

  1. テーマは統一されているものの、カニバリズムに至るまでが少し長い気がしないでもない。SM?あっカニバリズムー!みたいな。こういう話は、最低だなと思いつつも読んでしまう。
    個人的な感想だが、カニバリズムには胸糞悪いと思いつつ、一種神聖なものを感じる時もある。たとえばナントカ文明では勇者の心臓を食べる、という風習のようなものだ。惨殺された愛する妻子の肉を食べる、など。人間とは一線を画すという意味で、日本でいうところの鬼の角のような意味合いもあるのではないかなと思った。

  2. 本題にたどり着くまでの導入の部分も、展開の仕方も、各段落のバランスも、最も読みやすい形になっていて、文句なしであった。
    ただ、淡々と完璧に論が展開されていくので、カニバリズムに対しての、顔をしかめるような気持ち悪さは、あまり見えてこなかった。当然、気持ち悪くさせるための文章ではないのは分かるが、最後の問題提起のために少し工夫を加えてもいいのではないか。

  3. 人間は美味しくなさそうなので私は食べたくありませんが、カニバリズムにはそう気持ち悪さや胸糞悪さを感じません。なんていうか、物珍しさで見てしまうからでしょうかね。フィクションの世界だとカニバリズムってイカれた、でもどこかカッコいいキャラクターとして描かれやすいというのは、なぜなのでしょう。やはり、気持ち悪いとか胸糞悪いという負の感情のみで片付けることのできない存在だからでしょうか。

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