衰え/身体/ネズミ

高校生の僕は衰えなどというのは自分とは縁のない言葉だと思っていた。サッカー部であった僕は毎日5キロ以上は絶対に走っていたし、部活で疲れた後も10キロもの道のりを自転車で帰らなければならなかった。そんないじめ抜いた身体が衰えるはずもない。おそらく後にも先にもこの時期が僕の人生の身体的なピーク。スポーツ選手にでもならない限り、この頃の運動量を超えることはないだろう。

だからこそ高校生の僕は身体が衰えたという人の気持ちが理解できなかった。なんで?だってこんなにも自由に体は動くじゃないか。衰えというものがどういうものか頭ではわかっているが、実際自分の身体に起きないとそれは他人事でしかない。あの頃の僕は、衰え知らずの無敵状態だった。

 

だがいつからだろう、衰えるという言葉の意味を知ってしまったのは。部活を引退してしばらくは特に身体に変化はなかった。あれ?と思うようになったのは高校を卒業し浪人期に入ってからだ。

ある日、勉強ばかりではいけないからたまには身体を動かそうと外に走りに行った。 2キロ先にある薬局を折り返し地点にして、計4キロ。現役時代の僕からしたら余裕すぎて笑えてくるような距離だ。だがいざ走ってみると身体に経験したことのない重さを感じる。おかしいぞ、自分の知ってる身体じゃない!肺が小さくなったのだろうか、すぐに息が上がる。やっとの思いで折り返し地点である薬局に着いたが、次に走り出そうとしたら足が上がらなくなっていた。おいおい、たったの2キロだぞ?嘘だと言ってくれ!おれの身体!結局、そこから足は回復せず薬局からの2キロは歩いて帰った。

 

こうして一度意識すると、あらゆる場面で衰えを感じるようになってしまった。もはや階段の昇り降りでも息が切れる。

だがこんなのはほんの序章に過ぎない。衰えという言葉の本当の恐ろしさを知るのはこれからだろう。歳を重ねるにつれて身体は言うことを聞かなくなっていく。このぐらいで衰えたーとか言ってる場合じゃない。こうして身体は衰えていき、その延長線上に死が待っているのだろう。

先日、音楽フェスに行って暴れ倒した後遺症である筋肉痛に悩まされつつそんなことを考える僕であった。

 

 

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「衰え/身体/ネズミ」への2件のフィードバック

  1. 「だがこんなのはほんの序章に過ぎない」から一般論へ転換をしているのであれば、その後の話はより深くすべきであると思います。あるいはもっと短い形で一般論みたいな感じを出さずに、自分の感情みたいにするのも一手かもしれません。
    あと最後に出したフェスでの筋肉痛についてもせっかく出したのであればもっとこの話との関連をつなげていけばいいと思いました。

  2. 高校の頃はいつも眠気と頭痛がひどくて、「精神に余裕のある時にしか人に優しくはできない」ということをしったけど、その高校の頃の体力でシャトルラン最後の数人ぐらいまで残っていたわけで……今と比べたら体力あるなあと思う日々。あとはでもやっぱ、運動って同じ体力を使うものでも心がスッキリするんだよね。バイトで事務作業やるより。

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