贈(送)る/身体/Gioru

先日、普通自動車の運転免許証を交付してもらってきた。

何日も教習所に通い続け、正答率9割を超えなければ合格できない学科試験を突破した先にあるこの免許。実際に手元に来た時には感動したものである。

 

表面に写る自分の顔写真を見ながら、もう少しカッコよく写っていたらな、と少し後悔しながら見た裏面。そこに書いてあったのは臓器提供に関するものであった。

①脳死、あるいは心停止の場合に臓器提供

②心停止の場合のみに臓器提供

③提供しない

 

書かれていた選択肢は3つ。いずれかの番号を○で囲むことで意思表示ができるようである。ドラマとかではよく見るものであったが、実際にこのような文面を持つカードを手にしたのは初めてである。

 

自分がこの世での生を何らかの形で終了した後、自分の体を使って他の誰かの命を救うことができる。字面だけ見れば非常に素晴らしいものに見える。死んでしまって、最終的には燃やすしかないものを別の誰かに使い続けてもらえるのだ。肉体的に生き続けるとでもいうのだろうか。

 

それでも、日本では提供数は少ないようだ。日本臓器移植ネットワークにあるデータを調べてみると、2015年に臓器を提供された方の数は脳死状態、心停止状態を合わせても91件。ちなみに2015年での死亡数はあらゆる原因で死亡したものを含めると約130万人。そのうち臓器移植に制限がかかるガンでの死亡人数は約37万人。なるほど、確かに少ないようである。

 

これが果たして臓器を移植する意思を表明しないで、結果的に移植しなかったのか。あるいは移植しないことを表明したものなのかはわからない。

脳死に関していえば、それこそわからない。脳が死んでいると医師に判断されるとはいえ、心臓は動いている。死んだなんて認められないのも納得できる。

 

改めて運転免許証の裏面を見る。ここの1番か2番に○を付けるだけで誰かが救われる可能性が生まれてくる。それはとても素晴らしいことのはずなのに、未だに私の手がペンを握ってそこに○を付けようとはしていない。ちなみに3番に○をつけることもしていない。

そもそも見知らぬ誰かを救うことに意味があるのか? なんて少し考えてしまった。自分には、誰かが救われたことは分からないではないか。

自分が別の人の中で生き続けることによって、自分を知る家族や友人たちの悲しみが薄れる? 自意識過剰なような気もするが、そう思ってくれるならそれはそれでうれしいかもしれない。

 

別の視点から考えてみる。

 

アメリカでは日本と比べてはるかに臓器移植の件数が多い(人口の数も日本よりかなり多いが)。そこにはキリスト教が関係しているのではないか、と書かれている論文を少し調べたら見つけた。キリスト教には「無償の愛」と呼ばれるものがあり、臓器提供はそれとの親和性が極めて高いというものだ。宗教にあまり詳しくない自分からしてみれば、こういわれてしまえばそうなのか、と思うしかない。そこに価値観の違いが出てしまうのもまた仕方がない。

 

デカルトの心身二元論が存在する。たとえ体があっても考える私がいなければそれは私ではない。では脳死状態では? 死後は? 考える私がいないから、身体は単なる「モノ」でしかなくなる。

日本ではあらゆるものに魂が宿ると、そのような思想が強いからなのか、受け入れにくいのか、あるいは自分自身がこれに染まりすぎたのか。

 

 

結局私の手はペンを、今に至るまで握っていない。いつ死ぬかなんてわからないのだから早く意思を示してしまった方が楽なように思える。それでも、もう少しだけ考える時間、考える場面が欲しいのかもしれない。もしかして免許証の裏に臓器提供の記述を載せたのは、このことを考えさせるためなのか? だとしたら大成功である。まぁ、人によっては大して気にもしないだろうが。

 

皮肉も言える(書ける)ようになったので免許証を財布にしまう。

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「贈(送)る/身体/Gioru」への4件のフィードバック

  1. 導入の使い方が上手いなと思った。自分の感情と整った理論の混在が居心地の悪さを与えない文章を書くのは難しいものだが、問いかけるような分で読みやすい。別の視点から見てみよう、の先からは少し蛇足かなと思ってしまうような書き方だったため、その辺りの書きたいことを先にまとめ、バランスを整えると良いかと思う。

  2. 自分の体験とそれにともなう感情で書かれている部分は、リアルだしすんなりと内容が入ってきたけれど、確かに別の視点から見てみよう以降のところは、「別の視点から」だからもっと内容をガラッと変える(自分の感情の描写を排除し、あえて客観的事実のみで語るなど)ほうがいいのかなと思った。それで最後の段落の方でまた自分の考えを語るとか。

  3. うーん、難しい話ですね。わたしだったら自分の身体は自分だけのものなので、残された人の気持ちとか考えないですが。筆者の考えの段階が丁寧に踏まれててこちらも理解しやすいです。にしても、免許証の裏にそんなことが書かれているとは、初めて知りました。

  4. 普段だったらはなんとなく見過ごしてきたかもしれない事象を深く掘り下げて、なおかつ重たい内容をさらっと書かれていてよかった。
    免許証の裏に書いてあるとは知らなかったが、なぜそれが免許証でなければならなかったのか、保険証でもいいんじゃないか、といろいろ話の展開が広がる興味深い話題だと思った。

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