身体がしゃべる/身体/きりん

自分の身体は本当に脳につながっているのか、と疑いたくなるくらい言うことを聞かないことがある。あるいは、脳がもう職務放棄して身体それぞれに任せきっているようなときが。例えば身体それぞれの感覚が声に出ていたら、どんな感じかやってみようと思う。どの部位かはご想像にお任せしよう。

こんな感じだ。

 

現在。

「もう疲れたんだけど、寝ない?」

「ね、起きてる?さっきから無駄足多いんだけど」

「おしゃれしたいな~。ね、マニキュア塗らない?」

「暑い。蒸れる」

「はらへり~」

「やっぱパソコンのスピーカーだと音悪いな」もう少し我慢してください。

 

書店来店時。

「俺あの本みたいや。あの装丁はきっとざらっとしてぐっとくるジャストなサイズだぜ」

「いや、んな金もってないから。みるだけ無駄でしょ。買える範疇のところみましょうよ。私疲れるの」

「もう僕疲れたぁ」

「時間大丈夫?時間」

「お腹すいた」

「あの新刊ひょっとして出てたりしないかな。時々見落とすし」結果挙動不審。

 

講義中。

「うぜぇ。髪の毛まじうぜぇ」

「さらさらでごめんなさいねぇ。てかこれで荒れるほどあなた繊細なの?えっ、まさかの繊細?」

「おまえ昨日リンス使ったろ。うえ、だるい」

「あっ……意識が……」

「準備―。準備しろ―」

「えー、この姿勢だと私よじれるから辛いんだけど」

「今日マスカラついててさ。ごめんな、堪忍!」寝ます。

時はバイトおわり。

「今日もちゃんと働いたわよ!褒めて褒めて」

「はいはいようやりましたなぁ。おかげでわいぼろぼろやで。ただでさえこのくそ靴がじゃじゃ馬やねん。また変にあとつくやん。これでも変に硬いとことことかないの自信やったんに。あーもう、はよ代われし。て、また履くんかよ」

「腹減った……」

「もう休ませて~。これ背負いたくない~」

 

みっつの場面を描いていみたが、理性の発言の少ないことよ。かつて脳科学の実験で意識的決定より行動の始めのほうが早いという結果がでたそうだが、なんとなく信じられる気がしてくる。私はこれまで精神と脳をほぼ同一視していたが、脳は身体の感覚を処理するただの機構なのではないだろうか。そんなことを考えた。

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「身体がしゃべる/身体/きりん」への2件のフィードバック

  1. ところどころどの部位が喋っているのか判らない部分もあったけど、大凡どの部位が喋っているのかがわかるってことが何か凄いなって思った。元も子もないツッコミをしてしまえば、思考そのものが脳の役目なのだから、身体の部位が何か考えたりするというのは脳の機能なしでは不可能な気もする。

  2. この考え方でいけば、「考えなしにしたこと」に後悔があるのは身体が存在するから、ということになるのでしょうか?
    感覚は思考と密接にリンクしているはずで、意思決定に影響を与える程度に考えていましたが、感覚そのものが意思決定を司るのだとしたら。発想を逆転させられた形で面白かったです。

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