適応個体/身体/五目いなり

「あら、久しぶりじゃない」
   カツン。戦場の荒地に似合わない、硬度の高い足音が辺りに響く。振り替えると、そこにはあの女が立っていた。
   真っ赤な口紅、真っ赤なヒール。身に纏った真っ黒のドレスは豊満な肉体とその曲線を隠すことを放棄していて、大胆なスリットからは引き締まった長い脚が露わになっている。
露出度の高い服装に恥じらいなど感じていないらしい彼女は、私の顔を見ると一見にこやかに見える―――しかし実際には私のことを馬鹿にしている笑顔で、手を振った。
   土埃と硝煙の漂う戦場で、彼女は私を、馬鹿にしている。それを証拠づける全ての言葉と態度が、腹立たしい。
「……来たな、F-W02」
「元気だったかしら、N-EV8」
   あくまで柔らかな笑顔を作るF-W02の言葉に、返事を返す意味などない。慣れ合う気等そもそもないのだ。私は彼女の言葉を無視して、懐から出した葉巻に火を点けた。
   深く重たい煙が辺りに立ち込め、段々と脳の中身がクリアになっていくのが、私には分かった。いつだって葉巻の煙は私を強くしてくれる。口と鼻から抜ける煙は脳を巡り、立ちこめる暗雲を塗り替えてくれる。煙草の煙は、私を強くしてくれる。
   私は葉巻を吸いながら、防弾チョッキの内側で上下する胸を押さえつけた。煙をいっぱいに貯め込んだ肺が、早くあの女を殺せと囁く心臓に煙と空気を流し込んでいる。
   憎しみと嫌悪を込めて、私はF-W02を睨みつけた。挑発的な肉体を晒す彼女は私の想いなど少しも気に掛けてはいないようで、極めて自己中心的な表情でわざとらしくハンカチで口を覆い、迷惑そうにくゆる煙を手で払った。
「貴方まだ煙草吸ってたの?女の子が煙草なんて吸うもんじゃないわよ。お洋服に臭いがついちゃうわ」
「黙れ!」
「ほら、唇だって荒れてるじゃない。煙草なんか吸ってないで、お手入れの一つや二つに時間をかければいいのに」
「うるさい、余計な世話だ!」
   F-W02は私の返事に、まるで犬に噛みつかれた様な顔をして、それから呆れたような表情を作って鞄の中に手を入れた。
   来る。
   私の中の兵士としての勘が、F-W02の戦う意思を、はっきりと感じ取る。彼女の攻撃に備えて腰を落とすと、F-W02は計算高い微笑みを浮かべ、鞄の中からジッパーの付いた小さな袋を取り出した。
「そんなに身がまえないでよ、取って食おうなんて考えてないわ」
   ゆっくりと、見せつける様に小さな袋のジッパーを開くと、F-W02はその中から小さな金色の筒を摘みあげ、それを私に見せつけた。土埃で微かに霞む視界の中で、その金色の筒がきらりと輝く。それが弾丸だと分からない程、私は愚かではない。
   私は弾丸を認識すると、すぐに地面に転がり伏せた。しかし、私がベルトに挿したファイティングナイフを取り出す前に、F-W02はスリットの内側に隠していたらしい拳銃を構え、私に向かって突きつける。装填の瞬間さえ見えやしない。弾丸を避けようと咄嗟に転がるが、頬を弾丸が掠めていった。傷口に触れると、真っ赤な線が手に移る。しかし、痛みはない。
   F-W02の銃口からは仄かに甘い香りのする硝煙がたなびいている。それが私の葉巻の臭いと混ざり、胸の悪くなる匂いが戦場に漂ったが、F-W02はまるで気にしていないようだった。F-W02は地面の上にへたり込んだ私の目の前にしゃがみ込み、不機嫌そうに顔を膨らませた。
「ああもう、避けることないでしょう?折角綺麗にしてあげようとしているんだから、大人しくしてくれてもいいじゃない」
   F-W02が、世話が焼けるわ、と呟きながら、もう一度袋から金の弾丸を取りだした。私は抗うことのできない死にへたり込み、動く事も出来ないまま彼女の動きを追っていた。
   殺される。最早抵抗する気力すら湧かずに私は彼女の、赤色のネイルアートに彩られた爪と白く細い指先が摘む弾丸が、またしてもあの拳銃に装填され、しかし今度は間違いなく私の脳天を破裂させるのだろうと確信した。しかし、F-W02は、美しい指先でつまんだ弾丸を、拳銃には込めなかった。それどころか、あろうことか口元へと運んでいく。F-W02は扇情的に口元を弾丸で彩ると、今度はそれを私の口元へと近づけてきた。弾丸が―――口紅が、私に迫ってくる。咥えていた葉巻から、ポロリと灰が落ちる。
「ねえ、N-EV8。貴方顔は悪くないんだから、お化粧くらいしたらいいじゃない。そんな恰好悪い戦闘服は脱いで、綺麗なドレスを着ましょうよ。きっと貴方なら、似合う服もいっぱいあるわ」
「ふ、ふざけるな!私には、兵士のプライドがある!戦場で戦ってきた、プライドが!そんなこと、出来るものか!」
   私はベルトに刺さったままのナイフを取り出し、F-W02の眼前に突き付ける。ナイフを持つ手はがくがくと震えていたが、それでも私は彼女を殺す気で、なんなら美しい化粧で彩られた目玉を抉り取ってもいいという様な気で、そのナイフをかざしていた。けれども彼女はその鋭いナイフを恐れる事もなく、簡単にそれを取りあげると、下らないものを扱うかのようにほいと投げた。私は驚いて、叫んだ。
「何をする!」
「あんなもの、捨てちゃいましょうよ。いつまでもあんなものを大事にしているから、貴方って強く成れないんだわ」
   F-W02が呆然とする私の口から葉巻を奪い、それも地面に投げ捨てる。じゅっ、と火の消える音がした。目の前には相変わらず口紅が迫ってきていて、私は成す術もなく、ぎゅっと目を瞑っていることしかできない。
「考えてみて、N-EV8。折角持ってるあなたにしかない武器を捨て強そうに見える武器を使って戦うよりも、貴方にしかない武器で戦う方が、有利だと思わない?」
   唇が赤く濡れていく。まるで血でも塗りたくられているようだと思いながら、私はただ黙って、F-W02の弾丸に貫かれた。
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「適応個体/身体/五目いなり」への4件のフィードバック

  1. なんか新しいものを見た感じ…とっても興奮しました。銃弾を放つシーンとか細やかながらしつこくなくて上手いです。ただN-EV8のセリフ、ちょっと安っけないなという印象。赤と金の描写が鮮やかで美しい。

  2. 小説をこの字数で書く難しさを前から感じている。読むほうももっと長いものが読んでみたくなってしまうし、背景とかがしっかり描かれたあとで読んだらもっとしっくり入ってきたような気がする。描写が鮮やかでよかった。

  3. 臨場感のある文章のように感じました。とにかく一つ一つの描写が細かい!

    SFのようにも見えるし、そのように見ると中々に面白い。
    ただ、やはり文字数制限が壁か。
    約1500字の文章にするには少々物足りない。設定も自分で補完するしかない。意味不明で終わってしまうのが残念です。(ジェンダーの問題と言えなくもないが)

  4. 大抵小説文は今後の展開に期待、みたいな内容になってしまいますが、これはきちんと完成されているかと。謎は残りつつも適度に話が読める。また今回は趣の違ったのが読めたので楽しめた。

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