路線バスは運賃が高い/田辺悠希/みくじ

僕の乗る次のバス停で乗ってくる女の子。
隣の市の高校にバスで片道40分かけて通っている。これは妹の宿題に付き合って博物館に行ったとき、彼女の学校の少し先までバスで移動したことから推測した。
制服に白いベストを着用していてスカートは指導されない範囲で短くしているのだろう。紺色のハイソックスに黒のローファーとスクールバッグ。
肩甲骨を過ぎない程度まで伸びた柔らかそうな黒髪は結んでいるところを見たことは無いがよく袖を捲った手首にヘアゴムを絡ませている。真っ黒な飾りのないものの時もあるし色や飾りのあるものの時もある。
図書館で1時間くらい読書をするとたまに帰りのバスが一緒になる時もあるから、少なくとも運動部とか吹奏楽部とかそういうしっかり活動する部活に所属はしていないだろう。
身長は僕と同じか少し低いくらいだから160センチと少しくらいか。痩せ型で全体的にほっそりしている。
車内でよくスマートフォンを触っていて、たぶん友人とLINEとかしているのだ。僕には連絡を取り合う相手も親以外にはおらず、未だにガラパゴス携帯を持って入る。
いつも文庫本を持っていてバスの中でも開いているのだが、昔からあるらしい橋の近くのバス停で彼女が乗車してくると、文字が頭に入ってこないので読んでいるふりだ。とは言えずっと同じページを開いていては不自然なので一定のペースでページを捲りつつ、位置に応じて彼女の華奢な手首や真っ直ぐなのにどこかふわりとした後ろ髪や少しくたびれたローファーを覗き見る。

先週の火曜日、彼女が隣に座ってくるというこの2か月と3週間で2回目の幸せな事態が発生したのだが、彼女の半径30センチくらいは空気がキラキラと発光していて眩しく落ち着かなかった。
自分が今までどうやって座っていたのか、呼吸していたかすら分からなくなり、彼女に不審に思われないように振る舞おうとすればするほど指が震えてページを捲る事すらままならなかった。
頭が真っ白になり、彼女の香りや体温や呼吸音を記憶することは今回も叶わなかった。
だが、僕は一つだけ知ってしまった。きっと僕はこれから想像も出来ないような酷い目に合うのだ。

彼女は友達と昼食を取ったり放課後に談笑したり、授業の不満や将来への希望を家族に素直に打ち明けたりできるのだろう。僕みたいな薄暗いかび臭い部屋で埃を積もらせているようなやつが関われる人種ではないのだ。
本当はこうして見ているだけで、彼女に何らかの害を与えているんじゃないか。罪悪感と彼女の眩しさに、心臓とか肺とかそういう、生きるのに必要な器官が爆発してしまいそうだ。

それは彼女がその日眺めていたテスト用紙に記されていた。

田辺悠希。それが彼女の名前らしかった。

 

________________

この作品は実際の団体・個人等といっさい関係ありません

 

 

0 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 50 votes, average: 0.00 out of 5 (0 投票, 平均点: 0.00,  総合点:0  |  
投票する為にはユーザ登録する必要があります。
Loading...

「路線バスは運賃が高い/田辺悠希/みくじ」への2件のフィードバック

  1. なぜ彼は自分が想像もできないような酷い目にあうと思ったのでしょうか。その酷い目って具体的に何を指しているのかがうまく伝わってこなかった。文脈を見る限りどっちかというと酷い目にあうというよりも酷い現実に引き戻されるといった印象を受けた。

  2. 眩しい田辺さんの描写の細かさが良いなと思いました。彼がどうしてそんなに卑屈なのか、彼のスペックが少し気になります。最後にもっと接触があれば話にもう一つ展開ができたかもしれませんが、それは筆者さんの望むところではないかもしれませんね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。