一週間/たなべゆうき/峠野颯太

 「君、来月からあっちの部署に移ってもらうから」
え、嘘だろ。
 「ごめん、もう別れよう」
え、え、え。
 「もしもし、兄ちゃん?あの、さ。母さん、もうやばいっぽいんだ」
ちょっと待ってくれよ。

立ち上がる隙など与えられる間もなく、どんどん降りかかる災難。絵にかいたような踏んだり蹴ったりの状況に、彼はなすすべもなく、ただ転んでいることしかできなかった。
「なんだこれ、は、はは。はは…」
絶望に身を任せると、乾いた笑いしか出てこない。彼は、自室のベッドに寝転びながら、自身の現況を噛みしめていた。目を瞑っても、開いても、深い深い闇は目の前から消えることはなく、いつまでも彼にとりついていた。酷く、邪魔だ。
「こんな人生、さっさと終わってくんねえかな」
彼は、もはや限界の一歩手前だった。とはいえ、いつまでも絶望に打ちひしがれているわけにもいかず、母親の待つ実家に帰る準備をせねばならない、と重い身体を起こしたその瞬間だった。

「お前、藤崎祐五だな?」

どこからともなく聞こえたその声に、彼は思わず耳を疑った。ここはオートロックマンションの5階、一人暮らしの男の部屋。他人が容易く入ってこれるはずもない。彼はあたりを何度も見渡し、そうっとベッドから降りる。開けっ放しにしておいたリビングの扉を抜けようとすると、もう一度謎の声が聞こえた。

「そっちじゃない、こっちだ。窓の方だ」
無意識にその声に従い、彼は窓の方に目を向けた。すると、黒いマントに身を包んだ男性と思わしき人影がベランダに立っていた。

「はっ、ちょっ」
突然の出来事に体も思考もついてこない。彼は意味のない言葉をただ吐くことしかできなかった。確かに、人生が終わってほしいとは言ったが、殺されるなんてごめんだ、と思いながら、近くにあったティッシュの箱とテレビのリモコンを両手に持ち、一歩ずつゆっくりと窓とは反対の方面に足を運んで行った。この部屋から出て行けば、警察を呼ぶなりしてなんとかなるだろうと思ったのである。

「待て、逃げるな」
ほんの一瞬、男の目が光ったような気がしたが、彼は構わず足を進めようとした。しかし、体は一ミリたりとも動かない。まるで氷になってしまったかのように。

「私はなにも、お前をどうこうするつもりはない。とにかく落ち着いてほしい」
彼はますます混乱した。自分に何もするはずのない人間が、こんなところに現れるはずがないからだ。どういうことだ、と聞こうとしたものの、口までもが硬直状態になってしまっていて、それは音になることなく消えた。マントの男はそのまま、窓をすり抜け部屋の中へと入ってくる。
「解けばきっとお前は逃げてしまうだろうから、しばらくこのまま話をしよう。私は死神。お前の、藤崎祐五の死期を伝え、最期にお前の魂を頂くために来た」
藤崎の頭は真っ白だった。恐怖か、驚愕か、はたまた好奇心か。自分でも判明しがたい感情が、暴走しないよう抑えることで精一杯だった。

「藤崎祐五。お前はあと1週間で死ぬ。これはもう変えられようのない事実だ」
は?死神?魂?あと、一週間で死ぬ?こいつは何を言っている?藤崎の頭は疑問符で埋められた。言っている意味は分かったが、意味は決して分からなかった。体の中が熱い。酷く喉が渇く。

「もう、大丈夫か…」
ぼそっとマントの男が呟き、再び一瞬だけ目を光らせると、次の瞬間、藤崎の体は自由を取り戻していた。でもやはり、体の中の火照りと喉の渇きは治まってはいなかった。
「どういうことだよ」
ようやく音として、藤崎は自身の思いを吐き出すことができた。死神、魂、死期、頭に浮かぶ様々な疑問の集合体としての一言であった。だからそれなりの反応を藤崎は期待していた。しかし、返ってきたのは、

「すべて、言った通りのことだ。それ以外の何者でもない」
という言葉だった。

「ふっ…ふざけんな…」
藤崎の中で溜まりにたまっていた全てが、熱が、一気に噴き出そうとしていた。
「格下部署に異動、婚約してた彼女に振られ、母親は危篤寸前。挙句の果てに、一週間後に死ぬ?ふざけんなよ。何で俺が、この世の何人か分の不幸を肩代わりしなきゃいけねえんだよ」
ゆっくりと、でも確かに、体内の熱が外へと逃げていく感覚がする。しかし、それをゆっくりと味わう余裕など、この時の藤崎には存在するはずもなく。
「確かに、人生終わんねえかなって、俺言ったけど。こんな終わり方ねえじゃん。あれは言葉のアヤってやつっていうかさ、本気でなんて言ってないのに」
声が震えていた。いや、全身が震えているのか。藤崎にはもはや分からなかった。
「一週間って、なんだよ…」

「やはり解くには早かったか?…まあいい、違う。俺は絶望を与えるためにここに来たわけではない。むしろ希望の象徴として、捉えてもらってもいいくらいだ」
しばらく口を閉ざしていた死神が、ようやく口を開いた。低い声で淡々と話しているものの、意外と穏やかな声である。
「私は言ったはずだ、お前の魂を最期に頂戴すると。しかし、最近の魂のレートが非常に上がっていて、貰うだけでは割に合わなくなっている。そこで、我々死神は魂をもらう代わりに、死の予定者の願いを叶えてやる、という決まりができた。しかも、魂を死神に食われた者は、生まれ変わりを選択することだって可能だ」
そのまま死神は続けた。
「いいか、何も死ぬ人間すべてが死神に憑かれるわけではない。我々死神は美食家でな、良質な魂しか選ばないのだ。つまりお前は、良質な魂の持ち主であると、白羽の矢が立ったわけだ。どうだ、寧ろ光栄な、希望に満ち溢れた話だとは思わないか?」

怒りを抑えながら話を聞いていた藤崎は、自身の熱が引いていくのが分かった。別に希望を抱いたわけではないが、「生まれ変わり」にひどく関心を持ったのだ。

「生まれ変わりって、俺の好きなもんになれんのか」
「人間に限るが、ある程度の希望は通る。今この世で生きている、完璧に近い人間というのは全員この希望通り生まれ変わった者たちだ。彼らを見ればわかるだろう。顔も性格も能力も、ほぼ満点。安泰な来世の保証を今世で保証することができるのだ」

現在、不幸続きの藤崎にとって、これほどまでに魅力的な条件は無かった。今がどれだけ駄目でも、次の自分に懸けることができるのだ。しかも、勝率は極めて高い。

「じゃあ願い事っていうのは何でもいいのか」
「勿論だ。しかし、死期の延長や死因の変更、また他人の生死に関わる願いはかなえることはできない。それ以外なら、大抵のことは叶えられるだろう」
「そうか」

数分前まで確かに抱いていた怒り、驚き、恐れ、あらゆる負の感情がすっかり消えていた。寧ろ、死神に会うまでの絶望も幾分か軽くなった気がする。逆に考えれば、この不幸ともあと一週間でおさらば出来るのだから。

「死神…と呼ぶのも何だか嫌だな、名前はなんだ」
「名前に値するものはないが、No.2という番号は私を表すものだ」
「2か……アルってどうだ、中国語からとったんだけど。俺あんまりセンスねえから、こんな名前しか思いつかねえや」
「アルでもなんでも、好きに呼べばいい」
「じゃあ、アル。早速一つ目の願いなんだが」
「ずいぶん早いな。まあ私は強欲な者は嫌いじゃない。それで願いというのは」
すう、と息を吸って、藤崎は答えた。

「一週間十分に過ごせるほどの金をくれ。俺はもうあんな職場にはいかない」
「ほう、いいだろう」
そう答えると、アルの瞳が鈍く光った。そして、藤崎の前にいくつか札束がゴロン、と転がった。藤崎はそれをしゃがんで拾い上げる。
「ざっと、一千万か」
「足りないか?足りないなら」
いいや、と藤崎はアルの言葉を遮った。そして、そのうちの半分を鞄へとしまい、次いで服や下着、歯ブラシなども詰める。
「どこかに出かけるのか」
「実家だ。母さんがもうすぐ死んじまうんだと」
「ああ、先ほど言っていたな、危篤寸前だと」
「そうだ。お前はどうするんだ、ついてくるのか」
「予定者とは四六時中同じ空間にいるというのが決まりだからな。私もついていくとしよう」
アルは黒いマントを翻し、藤崎の後へと続いた。

翌日実家につくと、父親と弟が食卓を味気なく囲んでいた。父親が作ったと思われる煮物や、焼き魚が不格好に並んでいる。
「兄ちゃん、帰って来てくれたんだ」
「当たり前だろ、母さんがあんな状態で放っておけるわけがない」
「祐五、すまんな。心配かけて」
父親が、項垂れながら話しかけてきた。ひどく疲れているようだった。丸々としていた腹や顔周りがすっきりとしていた。藤崎は、父親の肩に手を置き、なだめるように言う。
「父さんが謝ることじゃねえよ。寧ろ、ここまで放っておいた俺の方が申し訳ない。ごめんな、父さん」
父親の肩が震えているのがよく分かる。藤崎は、父親の肩の小ささを痛いほどに実感していた。ここまで小さくしてしまったのは自分かもしれない、もっと早くこちらに帰ってきていれば、してもしょうがない後悔はどんどんと募る。だが、藤崎には時間がなかった。
「さ、飯食ったら病院に行くぞ。母さん一人にさせたら寂しがるだろ」
藤崎は、できる限りの元気な声で、そう言った。

「藤崎さんですね。こちらです」
そういって通されたのは、広い個室だった。母親の眠るベッドの小ささが際立つ、それぐらい広い部屋である。ひと足早く母親のもとへと行っていたアルが、部屋に入った途端藤崎の横に戻ってきて、それから小さな声で吐いた。
「あと半月だ。もうほとんど魂が消えかかっている」
どくり、と鈍い痛みが藤崎の体を走り抜けた。心拍数がどんどんと上がる。それに比例して、呼吸もし難くなっていく。
「どうした、祐五」
異変にいち早く気付いた父親が、心配そうに聞いてくる。
「いや。病院なんて久しぶりだから、ちょっと緊張して」
そうか、と言いながら父親は母親のベッドに近づいていく。それに一歩遅れて弟と藤崎がついていく。

「母さん、来たぞ。今日は祐五も来てくれた。はは、一家勢ぞろいだ」
父親に続いて母親の顔を覗き込むと、父親以上にやせ細ってしまっており、藤崎は思わず目を逸らした。最後に母親に会った時は、まだ意識もしっかりしていて、仕事はどうだとか、彼女とはどうだとか、いろいろ話をしたというのに、今の母親は話すどころか、藤崎の顔すらも見てくれない。
「母さん、兄ちゃん来てくれたよ。良かったな。みんな一緒だぞ」
祐太が話しかけたタイミングで、再び母親に目を向ける。何度見たところで、母親のやせ細った体は変わらないし、意識も戻らない。だが、目の前に眠るのは、間違いなく藤崎の母親なのだ。藤崎はベッドの横でしゃがみ込み、母親の細い手を握る。
「母さん」
思わず声が震える。藤崎は一度咳ばらいをし、再び話しかける。
「母さん、久しぶり。ごめんな、来るの遅くなって。聞こえてるかわかんねえけど、ほんと、母さん色々とありがとう。本当に、産んでくれてありがとう。母さんのおかげで、俺今幸せだよ。多分もうすぐ昇給するし、結婚もする。その時はまた報告しにくるよ」
そう言って、藤崎は母親の手をもとの位置に戻し、立ち上がる。ふう、とため息をつく。嘘をついたことへの、罪悪感を払い去るためのものだった。
「俺ちょっと、飲み物買ってくるわ」
流石にため息じゃ追いつかなくて、何より、母親がもうすぐ死んでしまう、という事実が、受け入れるには重すぎたのである。それらから逃れるためには、外に出るしかなかった。

自販機の前で、みっともないと思いながらもしゃがみ込む。そのまま両膝の間に顔をうずめ込んだ。
「どうして、嘘をついたのだ」
藤崎の後ろから、低い声が降ってくる。
「自分でもわかんねえ。心配かけたくなかったんじゃねえの…」
消え入るような声で、ようやく答えた。
「それなら、大丈夫だろう。お前の母親は、先ほど非常に穏やかな表情をしていた。多分お前の来訪がうれしかったんだろう。あまり深く考えなくてもいいと思うが」
それ以上は、アルも藤崎も何もしゃべらなかった。しばらくして、父さんたちが心配しちまう、とわざと大きな声を出してから、藤崎は立ち上がり病室へと戻った。

病室に戻って、2時間ほど他愛ない話をした。藤崎や祐太の子供時代の話、父親と母親のなれそめ、結婚式の話など。藤崎は、いかに父親が母親を愛していたのかを確認し、婚約者に振られた自分と比較し胸が痛くなった。俺だって愛していたのに、何がいけなかったのか。母親も心配だったが、あと半月は持つという確証があったので、先に婚約者の問題を解決したいと藤崎は思った。そう一度考え始めると、体は正直であった。話に一段落ついたところで、藤崎は鞄から札束を取り出し、父親に差し出す。
「これ、俺の貯金。母さんのためにでも、父さんと祐太のためにでも、好きに使ってくれて構わねえから。俺、そろそろ行くわ。また来るから」
水が流れるかのように、一瞬の隙も与えることなく藤崎は話し続けた。おい、と父親が止めようとしたが、藤崎は構うことなくそのまま病院を去っていった。
なんといっても、藤崎には時間がない。

「婚約者のところに行くのか」
アルがガラガラの新幹線の中で聞く。
「元、な。そうだよ。何が悪かったのか、何で振ったのか。何も聞かされてねえんだ、それぐらいいいだろ」
「上手くいけばヨリを戻そう、なんて考えているのか」
「いや、それはねえな。もし戻ったとしても、俺はあと一週間足らずで死んじまう。そうだなあ、欲を言えばあと一回くらいヤりてえな、って感じか」
藤崎は思わず鼻で笑う。アルは相変わらず表情を変えないが、藤崎のことをじっとただ見つめていた。

新幹線が駅に着いたのは、アルが現れて約一日が経った、夜の20時であった。
「今から行くには、微妙だな。でもこの時間ならそのまま一緒に寝られる可能性もあるよな…」
ごにょごにょと誰に言うでもなく、藤崎は呟いていた。
「そうだ、アル。あいつが俺に連絡をしてくるよう仕向けることってできねえ?」
「気持ちをお前に向けることは不可能だが、それらしい事情を作ることは可能だ。やればいいのか」
「ああ、頼むよ。自分から連絡もできねえ情けない男だって思ってもらって構わねえからよ」
藤崎のそんな言葉を最後まで聞くことなく、アルは目を光らせる。すると、藤崎のスマホがポケットの中で震えた。

『あのさ、祐五の着替えがいくつか家にあるんだけど。取りにくる?それとも処分する?』

スマホの画面を食い入るように見つめてから、アルをじっと見つめ、藤崎はこう言った。
「お前って、ほんとすげえのな…」
アルはそれに対して何も答えなかった。藤崎はスマホに目を移し、即座に返事を送る。

『ああ、取りに行くよ。今から行っていいか』

既読、の文字が数分後に着き、思いがけない返事が返ってきた。

『家に来るのはやめて。今から私も外に出るからどっかで会お』

「何で家が駄目なんだ?」
藤崎にはまるで理由が分からなかった。もしや俺の欲望が伝わってしまったのだろうか、と恐怖すら抱いた。
「彼女にもう、次の相手がいるんじゃないのか」
アルが躊躇することなく、言い放つ。
「…は?次の相手?だって俺振られたの3日前のことだぞ?いくらなんでも―」
混乱をよそに、藤崎は一つの答えにたどり着いた。
「もしかして、俺と付き合ってた時から…?」
そう考えると、ふつふつと怒りが込み上げてきた。もう、欲を言えば、など言っていられなかった。一度、彼女の身体に制裁を加えなければ気が済まなかった。
「なあ、アルもう一つ頼みごとが」
「なんとなく、分かった」
藤崎はぎょっとした顔で、アルを見た。

「お待たせ」
そう言って30分後に彼女が現れたのは、ホテルの前だった。とはいえ、藤崎が出張で彼女の家の近くのビジネスホテルに泊まっている、ということになっているだけで、近くだから、と彼女が足を運んで来てくれたのだ。
「ああ、悪いな」
藤崎は作り笑いを顔に浮かべ、こみ上げる本能そして感情を抑えていた。
「ううん、別に。じゃあこれで」
「おい、ちょっと…」
さっさと帰ろうとする彼女の腕をつかみ、引き留める。
「な、なに?私明日朝早いんだけど」
「あ、すぐ終わるからさ。俺もお前に返したいものがあったんだけど…」
あれ、とポケットの中を探すふりをする。わざとらしくならないように、ちょうどよく。
「ごめん、部屋に忘れちまったみたいだわ。ちょっと来てくんねえ?」
「え、何。別に処分してもらっていいけど」
「いや、お前大事にしてたイヤリング、落としてっただろ。あの桜の花の、さ」
「…あ。ミホにもらったやつ…分かった、貰ったらすぐ帰るからね」
もう後は理由をそれとなく聞いてしまえばこちらのもんだ、と藤崎は勝利を確信した。
「すまねえ。じゃあ部屋こっちだから」
彼女は黙って藤崎の後ろをついてきた。

「お邪魔しまーす」
藤崎自身の部屋でもないのに、彼女はそう言ってから部屋に入ってきた。こういう律儀なところが好きだったのに、と藤崎は少し悲しくなった。
「そのベッドの上にでも座ってて」
「いや、私すぐ帰るって―」
「男が待ってるからか?」
彼女の言葉を遮るように、強い言い方で制する。思えば、彼女にこんなにきつい言い方をしたのは初めてかもしれない、と考えられるほどに、藤崎は冷静であった。
「…は!?」
「お前何で俺をいきなり振ったんだ?何の理由もなしに」
「それは…」
彼女が言葉に詰まる。それによって疑惑が確信に変わる。
「男がいたんだろ?浮気してたんだろ?どうだよ、2人を両天秤にかけた感想は」
そう言いながら、藤崎はゆっくりと彼女の方に近づく。
「やめて」
彼女は立っていた、ベッドの近くから一歩も離れなかった。足だけは震えているのが、藤崎にも分かった。
「そうして、結局婚約破棄してまで、今の男を選んだわけだ」
「違うっ」
「なんだ、そいつの方が金持ちだったか?かっこよかったか?優しかったか?それとも、セックスがうまかったか?」
「やめてよ…」
藤崎に、やめるという選択肢は存在しなかった。彼女の目の前に来た藤崎は、そのままベッドに押し倒す。
「やだ、やめてよ祐五!」
「やだっていうんなら、今いくらでも逃げられただろ?でもお前は逃げなかった。つまり、まだ俺にちょっと未練があるんだよ。俺になら、何されてもかまわないって、思ってんだよ」
そう言いながら、首元に唇を這わせる。
「ちょっ、祐五…」
「そいつのことなんて、忘れちまえばいい。俺のところに戻ってこればいい」
ここまで言っておきながら、藤崎にヨリを戻すつもりなんて全くなかった。でも、流れるようにどんどん台詞が思い浮かぶ。藤崎は自分で、何がしたいのかわからなった。ただ、自分のことを忘れてほしくない、そういう欲望だけが自分の心の中で浮き彫りになった。
「祐五、ねえ…ッ」
もう、何も言わせまい、と唇をふさいだ。これ以上彼女の口から、何かを聞くというのが辛くてしょうがなかったというのもある。何より、罪悪感から逃げたかった。まただ、と藤崎は思った。俺が逃げるのは、俺が動こうとするのは、いつだって罪の意識から逃れるためだ。藤崎は自身に深く絶望した。ここまでに自分がちっぽけな存在で、弱い存在だった、ということを、死を直前にして実感したからだ。不幸が続いたのも、結局は自業自得なのかもしれない。そういう運命にされたのではなく、自分が選んでいたのかもしれない。藤崎は彼女と舌を絡ませている間、そんなことを考えていた。だが、唇を離した瞬間目にした彼女の表情に、理性が完全に飛んでしまい、そこからはただ本能に身を任せることしかできなかった。

目が覚めたのは、翌朝の9時だった。彼女はとっくに部屋を後にしていた。あれからどうなったのか、自分でも思い出せない。ただ、耳に残る彼女の甘い吐息と声が、唯一の手掛かりであった。
「お目覚めか」
アルがシャワールームの方から声を掛ける。
「ああ、彼女はいつ」
「ついさっきだよ。お前、ずいぶん楽しんだみたいだな」
「そうかもな。なんたって、最中の記憶が全くねえ。俺は本当に獣にでもなってたんだろうな」
「彼女もまんざらでもなかったんじゃないのか」
藤崎はベッドから身を起こし、部屋にある冷蔵庫の中から、ビールを取り出す。
「さあな。もう終わったことだし知らねえよ」
パシュッ、と缶を開け、そのまま口に運ぶ。酒を飲んだのも久しぶりだった。
「これからどうするんだ」
「どうすっかねえ。ここ最近の不幸も全部解決っつーか、もうこれ以上どうしようもねえし。…そうだ、2人で出かけるか」
あと4日は、もうゆっくりと過ごそう、と藤崎は思った。もう静かに、死を迎えよう。藤崎はこの3日でひどく疲れてしまった。

そこからの四日は、あっという間だった。買い物に行ったり、おいしいものを食べに行ったり、映画を観に行ったり、休日にやっていたことを、ただこなしていくだけだった。
結局、最期の場所は自分の部屋を選んだ。
「あと何時間だ」
「2時間だな」
「そうか。もう何もしたくないし、何もできる気もしねえから、さっさと持って行ってくれよ、俺の魂」
「それはできない約束だ」
ふっ、と藤崎は笑う。
「冗談だよ」
ソファの背もたれに身を任せ、思い切り伸びをする。
「ほんとにお前は、希望の象徴かもな」
アルはゆっくりと藤崎の方を向いた。
「お前に出会わなきゃ、この一週間でやってきたこと、できなかったよ。そのおかげで、いろいろと分かったこともあるし」
「そうか」
アルは照れているのかはたまたリアクションに困っているのか、それ以上何も言わなかった。
「生まれ変わりの件だけど、さ。生まれ変わらねえって選択肢はねえの?」
「あるにはある」
「じゃあ、それで」
アルの目が少しだけ開いた。
「どうしてだ」
「思ったんだよ、俺。どんなに完璧に近い人間でも、やっぱり悩みってあると思う。俺にはどんな悩みかわからねえけど、あるんだよ。人間ってのは、絶対悩むようにできてる」
アルはじっと藤崎を見つめていた。
「俺はそんなに悩みたくねえ!もう疲れた。もうこのまま、俺の魂は消え去ってくれれば、それでいいよ」
藤崎はそういうと、ソファから立ち上がり、ベランダに移動した。アルはついていくことはせず、そのままソファから藤崎の背中を見ていた。

「キャーッ!!人が上から!!」
「救急車を呼べ…」

「藤崎祐五は生まれ変わりを拒否したというのか」
「はい、理由は分かりませんが…」
「No.2も落ちぶれたものだな、これでは良質な魂が減ってしまうではないか」
「申し訳ありません」
「まあいい、奴の意見など無視だ。勝手にこちらで手続きをする」
「そ、それは規約違反なのでは…」
「黙れ!!!貴様が仕事を行わなかったからだろう!!」
「申し訳ありません…」
No.2が項垂れていると、目の前の男がモニターにどんどんデータを記入していく。

「藤崎祐五は、もう一度同じステータスで人生をやり直す。

田辺悠希、という名でな」

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「一週間/たなべゆうき/峠野颯太」への2件のフィードバック

  1. 相当な文量なので面食らいましたが、ちゃんと物語になっていて、読んでみると面白かったです。これだけのボリュームだと詰めが甘くなってしまうのは仕方ありませんが、気になった点をいくつか。
    まず、地の文での藤崎の扱いが、当初は「彼」になっていて呼称が終始定まっていないこと。全て「藤崎」で統一した方がいいかと。
    次に、死神アルの設定が若干説明不足です。経験上、死神は「藤崎にしか見えない」ことは分かるのですが、それが本文中では一切描かれていないので。死神と藤崎の唯一的な関係性を描く上でも、父親や弟には死神が見えない、という描写を挟んだ方がいいと思います。
    最後に、飛び降りのシーン。落ち着きのある読後感を望んでいたのに、「キャーッ!上から人が!」で温度差を感じてしまいました。せっかく地の文、あるいは語り手の存在があるので、「大きな音が響く」とかでもいいんじゃないでしょうか。

  2. かなりの長文でしたね。ここまでのを書き上げるのは素直に尊敬できます。

    最初の語りというか説明が長いかな。あるいは、くどいというのか。読んでいて話が全く進まない。死神と藤崎の語りが続く一方で動きがないのが原因かもしれない。 話の中盤はわりかし動きがあってすらすら行けたように思えます。

    それだけに最後が消化不良ではありましたね。読者の想像に任せる、というのも確かにそうなのですが、なぜ主人公が最後の結論に至ったのか、細かく描写してくれると面白かったですね。

    あと、死神が超的な存在なのは分かるのですが、それでも人外になりきれていない、または人っぽく見せたいならもうすこしそれらしい場面がほしかったです。

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