ねぇ、××××って知ってる?/田辺悠希/三水

彼、もしくは彼女の名前が広まり始めたのは、某SNS上での、ありふれた会話からだという。
親しい者同士のごく個人的な、日常的なやり取りの中、
その名前はいつもこんなふうに現れる。

〈田辺悠希って知ってる?〉

・・・・・・

誰だっけそれ?
〈あれ、一緒に授業とってなかったっけ?〉
えー、どれ?パンキョー?
〈パンキョー。たぶん。〉
ごめん、覚えてないわー。
〈そっか(´・ω・`)〉

・・・・・・

誰?男?
〈うん。ほら、前話したじゃん。飲み会かなんかで。〉
いつだよw なんかあったっけ?
〈や、なんかあったとかじゃないだけど。〉
覚えてないなぁ、それ、ほんとに俺?
〈どうだろ、話したとおもうんだけどなあ。〉

・・・・・・

田辺?渡辺とかじゃなく?
〈田辺。いたじゃん、何組だったかは忘れたけど。〉
被ったことある?さすがに他クラまで覚えてねーよ。
〈それなw いや、でもどうだろ。二年のときお前同じクラスじゃなかった?〉
えー。いたっけな、そんなやつ。

・・・・・・

誰それ。ユウキ?ユキ?
〈ユウキだったと思われ。〉
【推定】タナベユウキ
〈【もしかして】タナベユウキ〉
www ググったww
〈ちょ、出てきたwww〉
ググんなw
〈でもちがう、気がする。〉
ちがうんかい。結局誰なんだよ。

・・・・・・

何?なんかえらい人?
〈えらい人て。有名人ってこと?〉
それ。タレント的なひと。
〈違う違う。もっと身近な人。〉
じゃ知らんわ。
〈まじか。知ってると思ってた。〉
あっれれ~、おっかしいぞ~~
〈生レバーやめいww〉

・・・・・・

なんか、名前だけ?見たことあるかも。うそかも。
〈田辺悠希?〉
そうそれ。そのカクカクしたかんじ。
〈同音異義語! そかそか〉
どしたの?
〈いや、なんか名前だけ思い出したから。〉
あー、そういうのなんか、歯がゆいよね。
〈うん。どこのだれなのやら。〉
お役に立てませんで。
〈いえいえ、こちらこそお付き合いいただきまして。〉

・・・・・・

人から人へ、次第に浸透していくその名前は、やがてリアルでもささやかれるようになった。
例えばこんなふうに。

・・・・・・

「田辺悠希って知ってる?」
「なにそれ、誰?」
「や、人じゃなくて、なんか都市伝説?的な」
「えー、知らない知らない。」
「なんかね、ネット上だけに存在する架空の人物、だとか、実在するんだけど、田辺悠希に関わるとその記憶だけ消されちゃうから、皆思い出せないか、思い出せてもぼんやりしてるんだって。」
「こわ。記憶消すの?田辺が?」
「田辺本人がしてるかは知んないけど。でもほら、思い出せない人っているじゃん?」
「いるいる、なんかいたなー、みたいな。え、もしかして田辺なの?」
「田辺かも。」
「やばいわー、田辺こわいわー」

・・・・・・

ありふれた会話に現れる、あまりにも大きな固有名詞。
その不気味さは、世間話を新たな都市伝説へと発展させた。

・・・・・・

「でね、田辺悠希って名前を思い出せたとしても、それを他人にきいちゃいけないんだって。」
「なんで?」
「なんか、今度はその人が、田辺悠希を思い出しちゃうらしい」
「え?だって知らないじゃん」
「うん。でもそうやって、知ってるような気がしちゃって、また誰かに聞くでしょ。そうやって生き永らえてるらしいよ、田辺って」
「えー、なにそれ、こわ……つか、あんたそれ私にいったらだめじゃん。何してくれてんの?」

・・・・・・

実在するとも、しないとも。
彼とも、彼女とも。
知っているとも、知らないとも。

徐々に形を変え、人を伝い、ただ四字、何の変哲もない名前だけを縁に成長していくその《物体》。
人とも伝説とも、あるいは現象とも言われるソイツは、いったい何者なのだろうか。

「田辺悠希って、知ってる?」

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この作品は実際の団体・個人等といっさい関係ありません。

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「ねぇ、××××って知ってる?/田辺悠希/三水」への2件のフィードバック

  1. 名前だけの「田辺悠希」の発想がおもしろいし、現実にはあまり考えられないのに、その状況の説明文に終始せずに飲み込ませるところがすごいと感じた。いまの時代、固有名詞なんてどんなに強くて大きくても、すぐ情報の波に飲まれるよ、とマジレスしそうになったが、ノンフィクションでもフィクションでもSFでもありそうでなさそうな、不思議な感触に妙に納得させられてしまった。

  2. 鮫島事件みたいな雰囲気を感じましたね。田辺悠希は記号から《物体》になり、何か《怪物》じみたものになっていっているのですね。ホントにこの文章を実在の田辺悠希さんが呼んだら嫌な感じになるんでしょうね。佐藤さんが『リアル鬼ごっこ』読んだみたいな感じで。名前ってただの記号じゃないんだなっていうのを思いました。

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