焦がしてくれよ/田辺悠希/エーオー

 “たなべゆうき”は植物人間だ。
 ほんとうに、植物なのだ。

 こいつに会ったのは、夏休みの終わりのころだった。
 その日、オレはスイミングがあった。わけが分からないくらい明るい5時にマンションのエントランスをくぐり、いるかコースに合格した喜び(小4はオレだけ! 他は5、6年だぜ?)といっしょに家についた。
 ぎらぎらひかるドアノブに、手をかけて初めて気づく。あ、鍵忘れた。ナタデココみたいな歯ごたえでノブが動いただけで、扉はびくともしない。
 あちゃあ。まあ、母さんがもうじき買い物から帰ってくるだろう。ただ、ガンガン西日が当たるここにいたら熱中症になる。近くのコンビニに涼みにいこう。
 そう、こうなったときこの狭いマンションにも便利なところがある。ドアの横にある“消火栓”だ。ここを開けると、オレが体育座りをすれば入れそうなくらいの空洞がある。鍵忘れのプロの心は強い。ここに荷物をおいて遊びに行く。オレは取っ手に手をかけた。
 ふと、冷たい風が吹く。
 オレは悲鳴をあげそうになった。消火栓の中に横たわる、不気味な、黒く枯れたひまわりの花と目が合った。
 そいつは、しゃべった。口は見えなかった。
「せっかく、干からびて死のうとしてたのに……!」
 そして大声で泣きはじめたのだ。

 これが、オレとたなべゆうきとの出会いだった。

 たなべゆうきは植物人間だ。
 体は普通、つまり大体オレと一緒である。半袖の白いポロシャツに半ズボン。胸のあたりに「たなべゆうき」と書かれた小学校の名札がくっついている。
 頭が、なぜか枯れたひまわりの花だった。
「どうせ俺のことなんて見てくれないんだよォ~~」
 今、たなべゆうきは酔っぱらっている。どうもオレが少ないお小遣いでおごってやったラムネがいけなかったらしい。炭酸がだめなのかな。まあ、ふだん飲まないだろうしね。冷静に観察するオレにお構いなしに、やつはまだぐずぐず泣いている。
「あのひとは俺だけじゃなくて、みんなにやさしいんだよ~~」
 どうも、恋の悩みらしい。ちょっとめんどくさくなってきたオレは言った。
「告白、すれば?」
「できたら苦労しないだろ!」
 やつは瓶を振り回しながらキレてきた。ビー玉がキンキン鳴る。やれやれ、これだから酔っぱらいは。
 しゃっくりしながら泣いているたなべは不思議とさっきより不気味じゃなかった。たぶん黄色かった花びらは、茶色くなって絡み合ってへばりついてるし、うなだれた首の角度も市民プールでじっとしている錆びついたシャワーヘッドみたいでぞわっとする。
「いっちゃえよ、気合だよ気合」
 ひときわおっそろしかった、米搗虫がぎゅっと集まったような、真ん中も
「叶わないんなら、いっそ俺をころしてほしいんだ」
 でも、なんだか、壊された蟻の巣の入り口の悲しさに似ていて、なぐさめてやらなきゃと思った。

「お前、好きな人いるの」
「まあ、いちおう」
オレはクラスが一緒のミカちゃんが好きだ。しゃべったことはない。悲しいことに。
「でも、ころされたいとか思わないよ。ふつう」
 遠くで夕焼け小焼けが鳴った。たなべの手の中の瓶の首で、ビー玉がだるそうに転がる音がする。
「本当に、あの人はみんなに好かれるからさ。きっとさ、俺と同じくらい好きな人なんていっぱいいるんだよ」
 非常階段を下りる足音が聞こえて、オレたちはそっと息をひそめた。
しばらくして、ぽつりとたなべは言った。
「だったら、もう俺を好きになってくれなくていいから、憎んで殺してくれたら特別な感じがあるし、でも、それにすら俺は選ばれるほどの、大きい存在じゃないんだよ」
そうしてまたたなべは黙ってしまった。
 好きって言われて、うれしくない人なんているのかな。
だって好きって、いい感情じゃん。告白って言葉はテンションが上がるし、ドラマでそういうシーンみるとワクワクする。自分もいつかはしてみたい。
でも、と考える。オレは今ミカちゃんに好きとは言わないな。だって全然仲良くないし。あ、そっか。オレもあんま仲良くない女子に言われたら困るかも。だったら、たなべが言うのはそういうことなのかも。
 難しい。告白しろよって言うのは簡単だけど、もしそれでたなべが言って、叶わなかったらどうしよう。ドンマイ、だけでいいのかな。なんだか気まずくなるような気もする。
「……夏が、おわっちゃうぞ」
 どうも恋の相談は苦手みたいだ。どうすればいいか分からなくなったオレは、なんかテキトーにCMに出てきそうな台詞を言ってみた。ノリだった。ぶっちゃけなんも考えてなかった。
 でも、たなべは。
「――そっか。そうだよな」
 何かを決めたみたいだった。だからなんとなく言ってしまった。
「オレも協力しようか?」
 真っ黒な顔がこっちを向いた。
「じゃあ、俺を見届けてほしい」

 どこもかしこも橙に金ぴかだった。
 光に当たった土手の長い草の先も、粒粒の川の水面も、銀色の端の手すりも、ぜんぶぜんぶ眩しい。
 その土手の一番下に、たなべが降りたのをオレは上から見ていた。
 ここからはオレにはどうしようもないから、せめてお祈りするみたいに手を合わせてみる。
 両手を上にあげて、たなべは沈んでいく光のかたまりに叫んだ。
「俺を、焦がしつくしてください!」
 そして太陽がひときわ輝きだす。思わず目を閉じたけど、まぶたの裏は真っ白で血潮が透けた。チリチリと言う音を聞く。
たなべ、すごいよ。だれがなんて言ったって、オレはお前をすごいって言うよ。
あめ色の玉ねぎとシャボンの、しあわせな夕暮れの匂いに交じって、かすかな焦げくささをオレは吸いこんだ。それはどうもあの夏の黄色の火花の火花だと思った。

「だめだった」
すっかり日がくれた中、たなべは種だけになった姿で振り向いた。
太陽は、こいつを選ばなかった。
「じゃあ今夜は飲んで忘れようぜ」
2人でビー玉を揺らして帰った。なんかすこし、大人になった気分だった。

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「焦がしてくれよ/田辺悠希/エーオー」への2件のフィードバック

  1. たなべくんに友人ができてよかったです。
    太陽にも選ばれないたなべくんには、それでも友だちがいるのに安心しました。いつか忘れられてしまうかもしれないし、今後は種からまた新しい人生を送ると思うと寂しさはありますけれど、たなべくんは変わっていけるのでしょうか。
    比喩はどれもわかりやすくて、それでも雰囲気にあったような、小学生らしいものでした。ちょっとしつこい気がしないでもないですけど選んだ言葉を使っている感じはあり、好感が持てます。

  2. たなべゆうきがを人間を超えた存在にするという発想は自分にはありませんでした。たなべくんはビジュアル的にはものすごく怖い姿をしているはずなのに、太陽に恋してたりだとかラムネで酔っ払ったりだとかなんともいえない愛くるしさが感じられます。
    太陽に恋をしているのを主人公がミカちゃんに恋をしているのになぞらえて考えたりしてるおかげでとても人間的なものとして見ることができました。

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