田辺悠希は静かに暮らしたい/田辺悠希/ノルニル

     僕は情強だ。ネットリテラシーのネの字も頭にないような同級生とは違う。
     その証拠に、Twitterだってやってない。アカウントを非公開、俗に言う「鍵アカ」にして正体を隠すって方法もあるらしいけど、いくら自分のツイートを隠そうが結局はアカウント候補を絞られて、他人のリプライからツイートの内容を推測されて特定されるのがオチ。こいつはネトストの常套手段だ。

     その流れでいけば、Facebookなんてもってのほか。あんな自意識の発散ツールで、顔写真付きの個人情報を世界中に晒して何の得があるのか?僕にはまるでわからない。写真にタグ付けされるなんてことがあった日には、すぐにでも首を吊って死にたいよ。

 

     Googleの検索ボックスに「田辺悠希」と入力し、ごく少数、それも僕自身にまるで関係ない結果しか表示されないことに安心する。少なくとも日に5回はエゴサをこなさないと落ち着いていられない。
     そもそも「エゴサ」って言葉、最近では名前で検索すること全般に使われてるけど、本来は僕みたいに自分の姓名をググる時だけに使うべきだよね。「エゴ」サーチなんだから。

     でも、その能力が仇になることもある。久しぶりに見たくもない学年掲示板を覗き、鍵のかかった板を覗いてみたときのこと。パスワードはTwitterでのやり取りから候補を絞り、6回目の試行でヒットした。情弱もいいとこだね。と、まあそんな話は置いておいて、ある文字列が目を引いたんだ。

     「3組のタナベ、文化祭手伝えってんのにいつの間にか帰ってるんだけど。ムカつくし影薄すぎ」
     「いっつもケータイ見てるし。エロサイトとか見てんじゃね?ww」
     「あいつ帰宅部だっけ、むしろオタク部だなwww」

     見なければよかった、と思った。同時に見ることができて、知ることができてよかったとも思った。知らないことは存在しないのと一緒かもしれないけど、それでも知らないままでいることには耐えられない。
     やっぱり、まだ不十分なんだ。きっとこの身がある限り、人と関わるかぎり自分の情報は拡散、共有されてしまう。個人の自由、言い換えれば「嫌なら見るな」が尊重されるインターネットで、他人を縛ることなんてできやしない。特にこんな情弱どもは。

 

     思い立ってからはあっという間だった。擬似的スタンドアローン環境を構築し、僕の趣味・嗜好・過去の出来事・書いた文章・声・外見などをデータ化して集積、人格化する。
     こいつに検索エンジンのクローラーのスクリプトを転用してネットを縦横無尽に調べ上げるように設定すると、「田辺悠希の個人情報絶対殺すマン」の完成だ。田辺悠希キラーbotと言い換えてもいいかもしれない。まあ、構築方法はbotと言うよりAIに近いんだけど。
     このbotはネット全体を巡回し、僕に関するありとあらゆる情報を洗い上げ、削除してくれるものだ。情報強者の僕の人格を模してるから、調査能力はお墨付き。様々な場合に合わせてクラッキング方法も教え込んでおいた。

 

     ああ、さすがに疲れた。でも、これで安心して眠れるよ。処方してもらった錠剤を一箱分まるまるシートから押し出す。次に起きる時が楽しみだ。その時こそ、僕はネットに遍在する真の情強になっているはずなんだから。

 


 

この作品は実際の人物・団体等といっさい関係ありません。

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「田辺悠希は静かに暮らしたい/田辺悠希/ノルニル」への1件のフィードバック

  1. 自分を情強として周りを上から見るように見下す様がよく描かれているように思います。
    その見下す様をうまく使いつつ、自分の弱さを読者にわからせるように書くと良いのではないでしょうか。陰でしかそのようになれない様子をもっと細かくかけると面白いような気がします。

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